ヨーコ・フジワラ×酒造博明

【3話連載】ヨーコ・フジワラ×酒造博明インタビュー 第2部:ヨガを受ける生徒側の姿勢

〇〇先生は□□って言ったのに、△△先生は××って言う…どちらが正しいんだろう?

皆さん、ヨガを受けていて、こんな経験はありませんか?

たくさんの先生のワークショップやトレーニングを受けるほどわからなくなってしまう、その答え。

前回、ヨガ指導者のセルフプラクティスについて、話しをしてもらった、ヨーコ・フジワラ先生と弊社代表の酒造との対談。

【3話連載】ヨーコ・フジワラ×酒造博明インタビュー 第1部:プラクティスは裏切らない

今回はその続きとして、ヨガを受ける生徒としての姿勢についてお話をして頂きました。

ヨガを受ける人の変化

ヨーコ・フジワラ先生と酒造博明が向かい合って座っている
以前と比べてヨガを受ける側、学ぶ側にも変化があると語る酒造博明とヨーコ・フジワラ先生。
MIKIZOこと酒造博明のプロフィール写真
MIKIZOこと酒造博明のプロフィール写真
もうひとつ今日は聞きたいことがあって。前回は先生の責任について話してもらったんだけど、今度は生徒。受ける側も昔と比べて様変わりしてきたのかなって見えてる。
なるほど。
ヨーコ・フジワラのインタビュー画像
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答えは自分の中にある。自分に合ったヨガの練習方法とは?

ゴルフのスイングの説明をする酒造博明
ゴルフのスイングを例に挙げて話をしてくれる酒造博明
MIKIZOこと酒造博明のプロフィール写真
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日本人は答えをもらった方が嬉しい。正解が欲しいっていう国民性があるじゃない?だけど、僕はヨガって「答えは自分の中で見つけるもの」って教えられてきたのね。”答えは1つ”っていうのは、日本人からすると便利なんだけど、危険じゃないかと思うんだよ。

「答えはこれです」というものを貰って、それを信じきるっていうのは危うさを感じる。

例えば、ゴルフで言うと「手首を返しなさい」「手首を返すな」っていうのがある。ゴルフは「自分のスイングタイプや自分の運動神経も含めて、どっちが合うかは自分で模索して探しなさい。」って言われるのね。だから、手首を返す人もいれば、返さない人もいるっていうのが僕らからしたら、常識なんだよ。

だけど、最近のヨガの世界では、「正しい答え」「正しい方法」を教えてくださいっていう人が多いなって思うんだけど、どう?

まさにそうね。良い例でいうとダウンドック。中指を真正面にむける、人差し指を真正面にむける、手首のラインが平行になるように、って色々な教え方があるんですよ。

だけど私、元々肩がすごい硬かったの。後ろに回らないくらい硬くて。しかも筋肉質だから肩にすごい筋肉がついてる。だから、指を前にまっすぐにしてダウンドッグをやると肩がつまってしまって、一度肩を痛めたことがあって。

その当時、どうしたかっていうと、指先を外に向けてダウンドッグをやったの。外にむけることによって、肩がつまっていたのがさがってくれる。それで、肩の痛みを回避したのね。

ヨーコ・フジワラのインタビュー画像
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MIKIZOこと酒造博明のプロフィール写真
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うんうん。
ダウンドッグの手の置き方を説明するヨーコ・フジワラ
ダウンドッグの手の置き方を説明するヨーコ・フジワラ先生
それって普通の先生からしたら間違いですって言われるのね。前を向いてるのが親指と人差し指の間だから、手が外を向いてしまってる。

だけど、私は、これでプラクティスを進めることで肩に柔軟性が出てきて、だんだんと中指が前に向いている状態でできるようになったの。もちろんこれは、10年かかってやったことだけどね。

つまり、正しい形は人によっても違うし、時代によっても違う。同じヨーコでも、今のヨーコと10年前のヨーコだと違う指示になる。それって誰が決めるかっていうと自分しか決められない。

ヨーコ・フジワラのインタビュー画像
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MIKIZOこと酒造博明のプロフィール写真
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そうだね
じゃあ「何を基準に決めるの?」聞かれたら大きな基準は「痛み」。これはNG。

だから、どこだったら痛くないんだろうって考えて実験をやって、ダウンドッグでは邪道かもしれないけれど、痛くないことを続けるしかない。

ヨーコ・フジワラのインタビュー画像
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MIKIZOこと酒造博明のプロフィール写真
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なるほどね。ヨガでも西洋人と日本人の体の違いで、日本人にとって不向きなポーズとかってあったりするの?
もちろん!
ヨーコ・フジワラのインタビュー画像
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ヨガの受け方にも国民性が出る!?日本人とアメリカ人の違い

ヨーコ・フジワラ先生のワークショップの様子
ヨーコ・フジワラ先生の来日の際のワークショップの様子
MIKIZOこと酒造博明のプロフィール写真
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インド人が発明したヨガって、日本人がやるには不向きなものがある。それでも、先生が「この場合はこうしなさい」って言われたときに、どうすればいいの?

例えば、その先生が大御所の先生だったりすればするほど、それを正解としてとりたい気持ちはわかるじゃん。でもそれを鵜呑みにして、怪我をしたりしてしまったら元も子もないよね。

そうね。まず、日本人の国民性の問題かなって思う。日本とハワイとではワークショップをしていても全然違うのね。何が違うのかっていうと、日本人の生徒さんは、「〇〇なんですよ」っていうと「はい」って素直に聞いてくれる。

だから海外の先生は日本人に教えるのが皆好きなんだけど。

ヨーコ・フジワラのインタビュー画像
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MIKIZOこと酒造博明のプロフィール写真
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うん、そうだね。
これがアメリカ人になると「なんで?」とか「僕できないから」「私それすると痛い」とかっていう意見が出る。こっちも試されるよね。アメリカ人は痛いことをさせられようとするとちゃんと「それ痛い!」って主張をしてくるんですよ。

だから、「じゃあ、これだったらどう?」「まだ痛い」「じゃあ、これは?」「それならできる」って会話が生まれる。

これって先生と生徒でコミュニケーションとりながら指導をしていくから、先生も生徒のプラクティスの方法がわかるし、生徒さんは自分のプラクティスに責任も持てるんですよね。

ヨーコ・フジワラのインタビュー画像
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MIKIZOこと酒造博明のプロフィール写真
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うんうん。
日本人の生徒さんが表面上、指導が簡単なのは「やりなさい」って言ったら「はい」ってやる。でも、本当はすごく痛いのに歯を食いしばって我慢しているかもしれない。

でも、それを言ってくれないから、何年か後に「実は肩痛めてアシュタンガヨガ辞めたんです」って言われちゃって。そしたら「何で言ってくれなかったの!知ってたら、もっといいこと言えたのに!」って私も残念に思う。

できるだけ日本では「対話式でワークショップやろう!」って声をかけるんだけど、日本人の生徒さんに「〇〇のやり方でやってみて。今、何を感じた?」って聞くとアメリカだと「こうだった!」「ああだった!」って教えてくれるんだけど、日本はシーンとなっちゃうことが多い。

だから日本では、「こうしたら、こう感じるはずだからやってみて。」って言った後で、「どうだった?感じた?」って聞くと「はい、感じました」っていう風にやるようにしてるね。だけど、皆も、やってみて違う、痛いと思ったらそれを先生に伝えた方がいいよね。

ヨーコ・フジワラのインタビュー画像
ヨーコ・フジワラのインタビュー画像

考え方の違う先生から学ぶときはどうすればいい?

「ヨガの教えを自分のものにして欲しい」と語るヨーコ・フジワラ先生
「ヨガの教えを自分のものにして欲しい」と語るヨーコ・フジワラ先生
MIKIZOこと酒造博明のプロフィール写真
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今ね、ヨガジェネ―レーションでは1,000講座以上ヨガの講座を開催していて、本当に素晴らしいヨガの先生たちを迎えて、質の高い指導を受けられる場所を提供しようということにプロ意識を持ってやっているんだよね。すると流派や先生の考え方によって、時に真逆の教え方や考え方を教えられるっていう状況が生まれてくる。

これは、僕はあたりまえだと思ってるんだけど、生徒さんからしてみると「A先生はこう言っていた」「B先生は逆のことを言っていた」っていう、正解を探してしまうことがあるんだよね。

でも、大事なのって本来、自分の中で受け入れて実践してみて、自分で咀嚼してみて自分の中でどうだったのか、が本来の答え。僕が教わってきたヨガって「自分の中に答えがある」ってそういうことなんじゃないかなって思っていて。

そうですよ。ワークショップでも言っているけど、「これは私論だから」って言ってるんです。他の先生が言ってることが間違っているってことではなくて。スタイルが違ったり、先生のやり方が違ったり、今の体質も違うから。

だから、私がすべて正しいとは思わないし、他の先生が間違っているとも思っていない。「正しいか正しくないか、判断するのはあなただからね」って今年は特に強調して伝えてるかな。

私の言うことを疑ってかかってほしいと思ってる。それくらいの意気込みがあっていいと思うんだよね。私がやっているトレーニングでも言っているんだけど、「私が渡す情報はすべてあげるから、自分のものにしなさい」って。「ヨーコ先生が言ったから」じゃなくて、自分のものにしてほしいと思っている。

ヨーコ・フジワラのインタビュー画像
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MIKIZOこと酒造博明のプロフィール写真
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つまり、ヨーコからもらった情報をまず自分で実体験しないといけないよね。その実体験の中で腑に落ちたものを自分の目の前にいる生徒に伝えていくってことだよね。
そうね。
ヨーコ・フジワラのインタビュー画像
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大切なのは実体験。自分流を作ることが成長につながる

MIKIZOこと酒造博明のプロフィール写真
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今、先生にしても生徒もそうだけど、学ぶ側の責任っていうのもあるのかなって思っている。一方的に「正しい答えをください」っていうんじゃなくて、生徒は生徒なりに受け取ったものを自分の中で実体験させて、自分で腑に落とすっていうことを求められているんじゃないかなと思うんだよね。
私も学ぶ側、生徒でもあるわけで。先生は先生として「教える責任」っていうのがあるから、間違った情報を与えてはいけないと思う。でも、生徒の立場として、受け取ったものをそのままやってるだけだと面白くないと思わない?

プラクティスって受け取ったものを自分のものにするから面白いんだよね。自分でやってみて、「あー!今日のプラクティスすっごく気持ちいい!」って思うのって自分なわけじゃない?

ヨーコ・フジワラのインタビュー画像
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MIKIZOこと酒造博明のプロフィール写真
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まさにそうね。
そこにたどり着くからおもしろいわけで。私もたくさん良い情報をいろんな先生たちから教わってる。だけど「これは使える」「これは私には合わない」っていう取捨選択を自分でして、ヨーコ流を作っているんだよね。自分にいるかいらないかは、自分にしかわからないから。
ヨーコ・フジワラのインタビュー画像
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自分の選択に責任をもつこと。ヨガを受ける側の姿勢

人から教わったことをただその通りに行うことは、とても楽です。うまくできなかったときはその人のせいにすればいい。これはヨガに限らず、すべてのことに共通するのではないでしょうか。

ヨガのワークショップに限らず、現代社会は情報が溢れています。何が自分に本当に必要な情報なのかが取捨選択しにくい世の中だとも言えます。しかし、だからこそ、自分の人生に対する責任は自分自身で取れる人間でありたいものです。

ヨーコ先生と酒造との対談は現代社会を生きぬく上で「何を選びとるのかは自分で決めること。自分の選択肢に責任を持ちなさい」と教えてくれた気がします。

厳しいけれど、長い目で見るととても愛を感じる2人からの教え。ヨーコ先生がハワイで開催しているRYT200ヨガ指導者養成講座は、こんな2人が作り上げた企画だから皆に愛され続けているんだ、ということがよくわかりました。

3話連載となっている2人の対談。最終話はその2人が作り上げたハワイヨガ留学企画サンガワイについて、お話を伺いたいと思います。

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