“ペインスケール”が生徒をより知る手助けに!

“ペインスケール”が生徒をより知る手助けに!痛み度合いの“見える化”

症例:股関節や膝に痛みを抱える生徒さんがクラスにやってきた

60代の良子さん。最近股関節や膝に痛みを感じています。「ヨガがいいのでは?」とお友達に勧められてスポーツジムのヨガクラスにやってきました。

おばあちゃんのアイコン
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先生、股関節も膝も痛くてたまらないの。でも歩けるし、お医者さんも動くことに問題はない、運動もお好きなだけどうぞ、と言うのでヨガでもやってみようかと思って、、

これまたよくありそうなシチュエーションですね。今回は痛みのあるクライアントさんとの向き合い方について考えてみたいと思います。

POINTは、個人差のある痛みの度合いを知るためには、どうしたら良いのか?について。

まずは痛みについて少し学び、次に痛みのスケールを使った痛みの”見える化”をする方法を紹介します。最後にインストラクターである皆さんにお勧めの、ヨガクラスでの応用方法について説明します。

医学的な痛みの分類

痛みのことを医学の世界では”疼痛”→「とうつう」と表現します。

疼痛の分け方として下記の3種類があるので、順番に見ていきましょう。

  • 期間(急性か慢性か)
  • 部位(痛みの局在がはっきりしているか否か)
  • 発症原因

疼痛の期間による分類

疼痛は急性痛、慢性痛の2種類に分けられます。

  • 急性痛:4ー6週間以内の持続する、疼痛組織の損傷や炎症などで生じる痛みです。
  • 慢性痛:急性疼痛(組織損傷や炎症)が治癒したとされる期間を超えて続く痛みです。4ー6週間以上続く痛みです。

急性疼痛がある場合、「痛いけれど無理をしてヨガをしよう!」とはならないと考えられるので、ヨガインストラクターとして知っておくべき知識は「慢性疼痛」かと思います。

疼痛部位からの分類

疼痛は部位によって体性痛と内臓痛に分けられます。

  • 体性痛:皮膚や筋肉など局在がはっきりした痛みで物理的な刺激(ぶつけた、切った、など)による痛みです。キリキリ、チクチク、などと表現される痛みです。
  • 内臓痛:胃や腸などいわゆる管腔臓器(管の形の臓器)が引き延ばされたり、痙攣したりすることで生じる痛みです。局在(明らかに「ここ」が痛い!という場所)のはっきりしない痛みでもあります。締め付けられるような、鈍痛のような、とよく表現される痛みです。

また、もう一つ「関連痛」というものもあります。実際には障害されていない部位が痛むものです。

よくある例としては、心筋梗塞を発症した方が「肩が痛い」「顎が痛い」と訴えて救急室にいらっしゃいます。(ちょっと脱線ですが、私たちは「肩が痛い、顎が痛い、歯が痛い」という訴えを聞くと救急室に来た患者さんの心電図はほぼ必ずチェックします。)

疼痛の病態生理学的な発症原因からの分類

  • 侵害受容性疼痛:組織が障害を受けた場合に生じる侵害受容器を介した痛みです。例えば、骨折、打撲、やけど、などイメージし易いものです。比較的見た目にはっきりしているので、人に伝わり易いものです。
  • 神経障害性疼痛:神経組織やその周りの組織の損傷、その障害された神経の支配領域に発生する様々な痛みや感覚異常です。例えば、坐骨神経痛や帯状疱疹後の神経痛、それから脊髄損傷や、脳梗塞後の痛みを指します。上に書いた侵害受容性疼痛に比べて見た目にはっきりしていないので、人に伝えづらい痛みになります。
  • 心理、社会的要因による疼痛:精神生物学的、社会的要因などが複雑に関与して形成される痛みです。例えば、慢性的なストレスや、配偶者(妻や夫)が亡くなった後の心の傷や、自分の人生の終焉に際して抱える苦悩などです。一番人に”痛み”としては伝えにくいものです。

以上のように疼痛には様々な視点からの分類があります[2]

見た目ではっきりしているものは”痛み”として伝わりやすく対処も可能ですが、伝えにくい”痛み”を持っている生徒さんが来た場合にはどうしたら良いのでしょうか?

更に、疼痛はとても個人差のあるものです。「痛みに強い人」「痛みに弱い人」という言葉もあるくらいです。

個人差のある疼痛の度合いを知るためには、どうしたら良いのでしょうか? 痛みの”見える化”について考えてみましょう。

疼痛の度合いには「ペインスケール」を使用

病院では「ペインスケール(疼痛を評価する物差し)」というものがよく使われています。

ペインスケールには色々なものがあり、

ペインスケール
ペインスケールの図 (出展:日本ペインクリニック学会HP

  • VAS(Visual Analog Scale)視覚的評価スケール
  • NRS(Numerical Rating Scale)数値評価スケール
  • FRS(Face Rating Scale)表情評価スケール

などが主に使われています。

VAS(visual analog scale):視覚的アナログスケール

疼痛のない状態を0mm、想像しうる最も強い痛みを100mmとして疼痛の程度に適したメモリ上の部位を選ばせ、その部位に対応した数値で疼痛を評価するものです。例えば、疼痛がVASで20mm以上変化したとしたら、有意な変化と判断します。VASで40mm以上低下すれば、治療が著効した、と判断するのです。

NRS(numeric rating scale):数値評価スケール

直線上に0〜10の数値と目盛りが記入されているスケールを使います。疼痛のない状態を0、最も強い疼痛を10として数字を選んでもらいます。

FRS(Face rating scale):表情尺度スケール

今の疼痛について、気分に最も合う表情の顔を選んでもらいます。子供や高齢者の方にも使えるのが特徴ですが、その時の気分に左右されやすいのも1つ特徴として挙げられます。

このように痛みを”見える化”する方法が様々工夫されています。

痛みの”見える化”をヨガ指導に活かす方法

ヨガの痛みに対する効果を研究
ヨガの痛みに対する効果を研究

ヨガの慢性疼痛に対する効果を検討するという内容の医学研究は現在どんどん増えていっています。

研究の概要は、

  • 対象者:例えば慢性の腰痛に悩む人など、同じ部位の疼痛を抱える人たち
  • 実験内容:一定期間ヨガのプログラムをやってもらう
  • 評価:ヨガの前後で疼痛スケールにどんな変化が起きたのかを疼痛スケールを用いて評価

ヨガが疼痛コントロールに有効であるかどうかを統計学的に検討する、というような事を行いました。

具体的な例としては、

  • 慢性腰痛に悩む人に対してヨガを提供したグループ
  • 慢性腰痛に対する疾病教育のパンプレットを渡したグループ

この2グループをある一定期間観察し、抑うつや不安、そして痛みの改善の程度に関して比較した研究です。この研究では疼痛評価のスケールにNRSが用いられました[1]

結果は、ヨガを提供したグループの方が、介入前後のNRSの改善が有意に認められました。

痛みの見える化は実際のヨガクラスでも使える?

では、こうした疼痛スケールをヨガクラスでどう使えるか、考えてみましょう。

疼痛スケールは臨床研究と同様に慢性疼痛に悩む生徒さんに自らの痛みの評価として使ってもらうことができます。

ともすれば、主観的で人に伝えにくい「痛み」というものを、こうしたスケールを使って「見える化」することが出来ます。

それは同時にヨガインストラクターにとっても生徒さんそれぞれの痛みに対してこれまで以上に具体的な共通のイメージを持つことに役立ちます。

しかし、「ヨガを行ったから痛みがこれくらい軽減した、(悪くなった)」などという形で結果を積極的に指導に反映させることに関しては非常に注意が必要です。

ヨガで痛みが改善してもヨガが要因とは断定できない

何故なら、ある生徒さんが「あなたの指導の結果痛みが改善した」とあなたに言ってきたとしても、痛みが改善した要因を皆さんが指導しているヨガに断定することはとても難しいからです。

例えば、皆さんの生徒で肥満から膝の痛みを抱えていた人が、食事制限を中心としたダイエットの結果として体重が減少し膝の痛みが軽減された場合、痛みの軽減に一番主に貢献したのは体重の減少であり、皆さんの指導するヨガが効いた訳ではない、という見方もできます。

これはまだわかり易い例ですが、現実世界は複合要因が絡み合うため、一般的に効果効用の因果関係を断定する事は難しくなります。

ヨガが慢性の痛みに効果があるかどうかを評価する研究では、通常ヨガによる介入期間は概ね短くても2か月以上を設定しています。

実生活ではこうした期間にヨガスタジオやスポーツジムに通う中で、周りと自分の体型を比べたり、周りの人から励ましを受けたり、ヨガ以外の運動がとても効いたり、食事制限をしたり、と様々な可能性があります。

臨床研究では他の要因も含め統計解析した結果、ヨガと痛みの改善の関連について検討していますが、皆さんが行うヨガはそもそも文献で行われているヨガと同じでないばかりか、結果を統計的に解析しているわけでもありません。このあたりがヨガの研究を実際のスタジオレベルに落とし込む際に生じる難しさです。ある文献の結果の解釈には常に注意が必要です。

痛みを”見える化”する時の正しい使い方

痛みを”見える化”する時のポイント
痛みを”見える化”する時のポイント

そこで、疼痛スケールの使い方としては、むしろヨガセラピー的な視点から、「今の痛み、このスケールを使ってどれくらいか教えてください」と生徒さんに問いかける方法をとってみましょう。あくまでも問いかけるだけです。

「40くらい」や「20くらい」など、色々な答えが返ってくると思います。

それに対してヨガインストラクターである皆さんが、「自分の指導で痛みが良くなった(悪くなった)」などと何かを評価をするのではなく、ただ、あくまで生徒自身が抱えている慢性の痛みを生徒自身が今までよりも客観的に理解する手助けの目的として、そして生徒さんの悩みをより理解するための指標として、スケールを使用してください。

生徒さんがスケールを用いて自らの痛みを客観的に数値化することで、自らの痛みに対して受容の気持ちであったり、否定であったり、何かしらの感情が生まれます。

それをヨガインストラクターである皆さんはジャッジするのではなく、ただ聞いてあげる事が仕事です。

ただ聞くだけ。これはとても重要なことです。

中には「ヨガのおかげでとても痛みが改善した」と言う生徒さんもいるかもしれません。私達ヨガインストラクターはその発言を肯定も否定もしません。ただ聞いて受け止める。そして生徒さんのペースで気づきを促していく。

1人1人と向き合える、贅沢な時間です。

ヨガのクラスにペインスケール。いかがでしょうか?

参考資料

  1. Kuvačić G et al. Effectiveness of yoga and educational intervention on disability, anxiety, depression, and pain in people with CLBP: A randomized controlled trial. Complement Ther Clin Pract. 2018 May;31:262-267.
  2. この一冊で分かる 麻酔科・ペインクリニック実践ハンドブック 濱口眞輔