乳腺科医が語る”乳がんとヨガ” Vol.5 -2011米国臨床腫瘍学会(ASCO)-

米国臨床腫瘍学会(ASCO)でのヨガに関する発表

2011年6月2日〜8日に開催された米国臨床腫瘍学会(ASCO)でヨガに関する2つの発表がありました。この学会は世界中のがんの研究者、臨床家、メディア、患者などが3万人以上集まる学会で、最新のがん研究の発表、議論が行われます。ここで発表される演題は選りすぐりのものばかりで、ここで発表するには科学的にしっかりとした方法で検証された結果以外は発表できません。

去年のDr.Mustian発表のことはVol.3に書きましたが、ASCOでの発表の後、様々なメディア取り上げられ、話題となりました。今年はさらに注目すべき研究がMD Anderson CancerのDr.Cohenらから発表されました。

放射線治療とヨガ

彼らは乳がん患者さんの乳房に対する放射線治療中に、ヨガが生活の質(QOL)に与える影響や、コルチゾールの値と心拍変動性に対する効果を調べました。

患者さんを、放射線治療前に

  1. ヨガをするグループ(53人)
  2. ストレッチを行うグループ(56人)
  3. 何もしないグループ(54人)

の3つのグループに無作為に分け、放射線治療前、終了後、1、3、6ヵ月後に評価しました。

結果は、何もしないグループ(観察群)では放射線治療終了後に疲労のスコアが増加したにもかかわらず、ヨガグループとストレッチのグループでは疲労のスコアを減らすことができ、さらにヨガグループが最もスコアを減らせました。SF-36の身体機能のスコアではヨガグループは観察群、ストレッチ群より高く、QOLを高くすることができました。さらに前向きな思考の変化がヨガ群では他の群に比べ優位に大きいという結果になりました。

ヨガに期待できる多くの可能性

結論として観察群に比べストレッチ群でも観察群に比べ疲労の軽減、身体機能は向上しましたが、ヨガはさらに疲労の軽減、QOLの向上、前向きな思考の変化が認められました。また唾液中のコルチゾールはストレスを表す指標となるといわれているものですが、ヨガを行った患者は唾液中のコルチゾールが他のグループより低下する傾向が認められました。患者の意識だけではなく、生体内のホルモン分泌にもヨガは影響を及ぼすことを示しています。この研究は、初めて、他の運動療法とヨガを比べた最初の研究であり、

ヨガは単なるストレッチや間接的な社会的サポートだけよりも乳がんの術後患者に対してより多くの利益があることを示唆している

と結論づけています。

ヨガは単なるストレッチより優れている?

この研究の素晴らしいところは、ヨガと観察群以外にストレッチのグループを研究の対象に入れたことです。ヨガがストレッチよりも優れていることを評価したことにより、ヨガは単なる運動療法の一部ではなく、ヨガの呼吸法、瞑想法などが、他の運動療法より良い影響を与える可能性(今回の研究ではQOLの向上や、前向きな思考の変化など)を初めて科学的に証明しました。

さらにDr.Cohenはこの研究をもとにヨガと癌の研究としては 全米癌研究所(NCI)史上最高額の450万ドル(約3億7千万円)の研究費を受け取り、乳がんの術後、合計600人の患者を対象とし、放射線治療中の6週間の間に

  1. 週3回、ヨガを行うグループ
  2. 週3回、ストレッチを行うグループ
  3. リラクゼーションを行うグループ

に分けて、1、3、6、12ヵ月後の疲労の具合や、睡眠障害の有無、生活の質(QOL)などを評価し、さらに、ヨガを行うことで医療ケアに充てる費用が減少するかを評価し、患者の作業生産性を分析することも含めた臨床試験が行われています。

今後もヨガの効果を科学的に証明してくれると期待しています。Dr.Cohenへのインタビューが次号の雑誌「Yogini」に掲載予定です。興味のある方はご覧ください。

私のブログ「乳腺科医のHouston留学日記」では乳がんとヨガに関する論文の解説などをしたページがありますので興味のある方はご覧ください。また疑問、質問等があればメールをしていただければお答えできる範囲内でお答えします。

文・新倉直樹