草原で何かを眺めている一匹のひつじ

まりーちゃんとひつじ~サントーシャの溢れるばたぽんの牧場~

皆さん、こんにちは。丘紫真璃です。
今回は、名作絵本『まりーちゃんとひつじ』をご紹介したいと思います。

岩波の子どもの本として、65年以上前に与田準一の名訳で出版されている『まりーちゃんとひつじ』は、昔の子どもから今の子どもまで楽しませ続ける名作中の名作です。

こんな風に書いている私自身も、『まりーちゃんとひつじ』は小さい頃から大好きで、母に何度も読んでもらいましたし、自分でも何度も繰り返して読みました。今でも読むと、胸がキューンとする温かい絵本です。

そんな名作絵本とヨガには、どんなつながりがあるのでしょう?

みなさんと、『まりーちゃんとひつじ』の牧場に飛んで行って、考えてみたいと思います。

作者のフランソワーズ・セニョーボとは

床に積み上げたたくさんの絵本の中に座る1人のこども
『まりーちゃんとひつじ』の作者は、1897年南フランス生まれのフランソワーズ・セニョボス。

幼い頃から絵を描くのが好きで、美術学校で学びました。

そして卒業後は、パリの児童図書出版社に勤め、その後、アメリカのニューヨークにも渡り、たくさんの絵本を刊行します。

その中で、南フランスの農場での暮らしをもとにした『まりーちゃんとひつじ』や、『まりーちゃんとくりすます』、『まりーちゃんとおおあめ』といったまりーちゃんシリーズで人気となりました。

何匹生まれるかな?

草原の干し草に座るひつじと少女
『まりーちゃんとひつじ』の物語は、次のように始まります。

まりーちゃんが
 きの したに すわっています。
 まりーちゃんは
 ひつじの ばたぽんに いいました。

「ばたぽん、おまえは いつか
 こどもを 1ぴき うむでしょう。
 そしたら、わたしたち、その 毛を うって、
 すきなものが なんでも かえるわね、
 ばたぽん」
(『まりーちゃんとひつじ』)

すると、ばたぽんは、答えます。

「ええ、こどもが 1ぴき できるでしょう。
 そしたら わたしたち、
 みどりの はらっぱに すむでしょう。
 はらっぱには ひなぎくの はなが きれい きれい。
 おひさまが いちんち きらきら。
 わたしたち、ふわふわの 毛を たくさん つくって
 あげますよ、まりーちゃん」
(『まりーちゃんとひつじ』)

それを聞くと、まりーちゃんはさらに、ばたぽんに、こう言うのです。

「おまえは こどもを 2ひき うむかも しれないわ。
 そしたら たくさん 毛が とれて
 わたしたちの あたらしい くつが かえるわね。
ばたぽん」
(『まりーちゃんとひつじ』)

そう言うまりーちゃんに、ばたぽんはこう答えます。

「でも、わたしたち、
 みどりのはらっぱに すむでしょう。
 はらっぱには、 ひなぎくの はなが きれい きれい。
 おひさまが いちんち きらきら。
 だから、わたしたち、
 あたらしい くつなんか いらないわ、
 まりーちゃん」
(『まりーちゃんとひつじ』)

まりーちゃんは、ばたぽんが3匹子羊を産んだら、赤い花のついた赤い帽子が買えるわね?とか、4匹産んだら、お祭りに行ってメリーゴーランドに乗れるわね?とか、5匹産んだらお人形と、おもちゃと、風船が買えるとか、6匹産んだら、小さな灰色のロバが買えるとか、7匹産んだら、私のお家とばたぽんの絨毯が買えるとか、どんどん夢がふくらんでいきます。

でも、ばたぽんは、いつも同じ答えです。

「ええ、こどもが 七ひき できるでしょう。
でも、わたしたち、
 みどりのはらっぱに すむでしょう。
 はらっぱには、ひなぎくの はなが きれい きれい。
 おひさまが いちんち きらきら。
 わたしたち、おうちや じゅうたんなんか いらないわ、
 まりーちゃん」
(『まりーちゃんとひつじ』)

そうして、いつも緑の原っぱの牧場で満足しているばたぽんですが、結局何匹、子羊を産んだのでしょうか?

何匹産んだの?

広い草原に佇む親子のひつじ
ページをめくると、最後はこう続きます。

「ばたぽんは たった 1ぴき うんだんですって。
 とっても ちいさな こひつじを」
(『まりーちゃんとひつじ』)

まりーちゃんがあんなに夢を膨らませていたというのに、結局ばたぽんは、1匹しか子羊を産まなかったんです。

だから、まりーちゃんは、赤い帽子も買えなかったし、お祭りにも行けなかったし、ロバも買えなかったし、お家も買えなかったのです。

まりーちゃんの靴下を編むのにちょうどいいくらいの量しか、毛糸は取れませんでした。

まりーちゃんは、さぞかし、ガッカリしたことだろうって?

いいえ、とんでもないですよ。ページをめくったら、こう書いてあります。

「でもね、まりーちゃんは とっても うれしそうに してました。
 だって、ばたぽんが かっかりすると、かわいそうでしょう?
 ばたぽんは たった1ぴきの こひつじを とっても かわいがっていたのですもの」
(『まりーちゃんとひつじ』)

そうして、ばたぽんが、小さな子羊の顔を優しくなめてやっている絵で終わりますが、この絵がまた最高に温かくてかわいいんです。

ばたぽんも、子羊も、とてもうれしそうで、満足そうな絵を見たとたんに、温かくて優しいものが、胸の中にゆっくり広がっていくのです。

…と、つい、『まりーちゃんとひつじ』の絵本の内容を、くわしく語ってしまいましたが、皆さんは、どこがヨガだとお思いになりましたか?

ばたぽんの牧場にあふれるサントーシャ

広い草原に座る一匹のひつじ
まりーちゃんが特別、贅沢だとは思いません。

まりーちゃんの絵を見ると、赤い頭巾をかぶってとても素朴な服装をしていて、つつましい暮らしをしているのだろうと想像できます。

新しい靴を欲しがったり、赤い帽子を欲しがったり、お家を欲しがったりするのは、ごく自然な感情です。

ところが、ばたぽんの答えはいつも変わりません。

緑の原っぱにはきれいなひなぎくの花が咲いていて、お日様がキラキラと1日中輝いているから、靴だって、赤い帽子だって、お家だって、何もいらないわよって言うんです。

まりーちゃんの夢は、新しい靴から、赤い帽子から、お祭りやら、お人形と風船やらと、どんどん変わってゆき、それに合わせた絵も、どんどん変わっていくわけですが、ばたぽんの答えは、いくらページをめくっても、見事なくらいブレずに変わりません。

緑の原っぱと、きれいなひなぎくの花、そして、キラキラ光るお日様の下で遊ぶ羊の絵は、ちょっとずつ形を変えながらも、何度も何度も出てきます。

ばたぽんが、野原の話をくりかえすごとに出てきて、読み手の頭の中にクッキリと残ります。

そこに、ばたぽんは、たった1匹しか子羊を産まなかったことがポーンと出てくるのです。

普通だったらなあんだとガッカリしたくなるかもしれませんが、この絵本を読んでいると、不思議とガッカリした気持ちにはなりません。

なぜかというと、次に、ばたぽんがたった1匹の子羊をとてもかわいがっていて、それを見ているまりーちゃんもうれしい気持ちになっているということが書いてあるからなのです。

そうなんです。それを読むと、ああ、新しい靴よりも、赤い帽子よりも、お家よりも、もっともっと大切なものは、たった1匹の子羊が生まれてくるという事であり、その子をとてもかわいがるという事なんだなということを、しみじみと感じるのです。

子羊は結局、たった1匹しか生まれなかったのに、読者の胸いっぱいに広がっていく満足感と幸せ感。

これこそが、『ヨガ・スートラ』で言うサントーシャなのではないでしょうか。

サントーシャとは足るを知るということです。

あるがままの今がとても幸せなのだということを知ることこそが、幸せにつながるということを、パタンジャリは言っているのです。

まさしく、それは、まりーちゃんとばたぽんのことだと私は思ってしまいました。

緑の原っぱと、きれいなひなぎくの花と、キラキラしたお日様と、羊のばたぽん。

そのばたぽんがたった1匹のかわいらしい子羊を産んだだけで、まりーちゃんはうれしい気持ちになるのです。幸せな気持ちになるのです。

ああ、ばたぽんが、かわいい子羊を産んで良かったなあと、心の底から嬉しくなるのです。

読者の私達も、まりーちゃんと一緒に、たった1匹の子羊をいとおしく思い、その子羊が生まれたことを祝福したくなるのです。

このいとおしく、幸せな気持ちこそが、サントーシャなんだろうと、この絵本を読むと、私は本当にそう思うのです。

作者のフランソワーズは、故郷の南フランスからアメリカに渡りました。

おそらく、成功を求めて、ニューヨークでの暮らしを始めたのでしょう。実際、そこで絵本をたくさん刊行して、大成功を収めています。

けれども、その中で、故郷の南フランスの農場での暮らしをもとにした『まりーちゃんとひつじ』を書いたということは、何でも買える都会のニューヨークより何より、本当の幸せがあるのはお日様がキラキラ光り、ひなぎくがきれいに咲き、かわいらしい子羊が1匹いる南フランスの農場にあったと気がついたからかもしれません。

フランソワーズは、『まりーちゃんとひつじ』にその思いを込めたのでしょう。

今の世の中は争いが絶えず、戦争が世界中のあちこちで行われ、やりきれないニュースが日本国内にも、世界にも飛び交っています。

それでも、もしも、世界中の人がいっせいに、『まりーちゃんとひつじ』を広げて声に出して読んだならば、そして、フランソワーズの温かい絵を見たならば、みな、同じ気持ちになるのではないかと、私は思ってしまうのです。

つまり、ばたぽんに、かわいらしい1匹の子羊が生まれて良かったなあと。

そして、本当は、何も余分なものはいらなくて、ただキレイな花の咲く緑の原っぱさえあればいいということを感じるのではないでしょうか。

そうして、みんながサントーシャを感じ、心が穏やかな気持ちでいっぱいに満ち足りた時、世界は平和になるのではないかなと、つい想像してしまうのは私だけでしょうか。

絵本は、絵を合わせて読むものです。『まりーちゃんとひつじ』の本当の素晴らしさは、フランソワーズののびやかな愛らしい温かい絵がないと、とても伝わらないでしょう。

大人の方もぜひ『まりーちゃんとひつじ』を読んでみて下さいね。小さなお子さんがいらっしゃる方は、お子さんと一緒に読んでみて下さい。

きっと心温まるひとときが過ごせることと思います。

参考文献:『まりーちゃんとひつじ(1956年)』著フランソワーズ・セニョーボ 訳 与田準一(岩波書店)