手のひらに乗った葉とらんまんのタイトル

朝の連続テレビ小説『らんまん』の牧野万太郎の魅力とは?

こんにちは。丘紫真璃です。

今回は、ちょっとだけ文学の道から横道にそれまして、今話題の NHK の朝の連続テレビ小説『らんまん』を取り上げてみたいと思います。

皆さんは、『らんまん』を観ていらっしゃいますか?私は夢中で観ているのですが、どの登場人物もそれぞれに魅力的ですよね。

特に、主人公の万太郎が、お金持ちのお坊ちゃん育ちで常識に疎く、結婚しているのに全然稼ぎもなく、周囲を振り回しがちという、いかにも嫌われそうな設定ながら、めちゃくちゃ魅力的に描かれています。

万太郎の魅力は、いったいどこにあるのでしょう。

いろんな解釈の仕方があると思いますが、今回はヨガ的な視点から、万太郎の魅力を探っていきたいと思います。

『らんまん』のモデル、牧野富太郎氏

本と挟まれた押し花
『らんまん』の主人公、牧野万太郎のモデルである牧野富太郎氏は、1862年に高知県高岡郡佐川町で生まれました。

「日本の植物学の父」と呼ばれている通り、日本の植物学の開拓者となった1人です。

多数の新種を発見し、1,500種をこえる植物を命名した近代植物分類学の権威と言える人であり、牧野富太郎氏のお誕生日である4月24日は「植物学の日」と定められています。

94歳で亡くなるまでに膨大な植物標本を作製し、その数は個人で持っているだけで40万枚を超えるそうですから、途方もない量ですよね。

今回『らんまん』のモデルとして取り上げられたことで、再び注目を集めている植物学の天才です。

縛られない万太郎:学歴という縛り

木の机が並んだ教室
『らんまん』の主人公である牧野万太郎は、史実と同じ高知県の佐川町の裕福な酒屋で生まれ育ちました。

祖父と父が亡くなっており、祖母が酒屋を守っている状態で生まれた万太郎は、期待の跡継ぎ息子でした。

けれども、万太郎自身は酒屋の商売には興味がなく、学問所「名教館」で、地理、天文、物理、英語、などの学問に打ち込みます。

ところが、「名教館」は、学制改革で、廃止されることになりました。

蘭光先生は、万太郎達を課外授業に連れ出します。そして、万太郎達にこんな大切なことを教えました。

「名教館を去っても、学びは続くぞ。この先の世はますます身分らあ、のうなっていく。身分が消えたとき、何が残ると思う? 己じゃ。自分が何者か人はそれを探していく。学びはその助けになる。世の中は変わり続けゆうけんど、だが、いたずらに振り回されてはいかん。道を選ぶがは、いつも己じゃ。」
(『らんまん』)

さらに、力強くこう言います。

「心が震える先に金色の道がある。その道を歩いていったらえい!」
(『らんまん』)

名教館は廃止され、万太郎は、佐川小学校に通うことになりました。

けれども、1から学び始める子達と共に、ひらがなから学ぶ授業は万太郎には全く物足りません。

そこで、万太郎は驚くべき決断をします。小学校をやめようと決めたのです。

ここをやめたら小学校中退という、とんでもない学歴になってしまいますよ!と呼び止められたのですが、万太郎は聞きません。

蘭光先生の教え通り、自分で進むべき道を選んだ万太郎は、ここから、独自の道を独学で歩んでいくことになるのです。

学歴がなくては学者になれないという常識に縛られずに、己が信じた道に進んだ万太郎。

それは、パタンジャリも大きくうなずく行動だったと言えるのではないでしょうか。

人は、常識や世間体など、数えきれないほどたくさんのものに縛られながら生きていますが、その縛りから自由になることが、ヨギー達の1つの目標なのですから。

学歴という縛りに関係なく、小学校を中退して独自の道を歩んでいった万太郎は、まさしく、ヨギー的な生き方を選んだと言ってもいいのではないかと思います。

縛られない万太郎:家業を継ぐこと

空に向かって鎖を引きちぎる男性
万太郎は、酒屋の期待の跡継ぎなわけですから、酒屋の仕事に身を入れなければならないところです。

ところが、酒も飲めない万太郎は、酒屋の仕事にはまるで興味がなく、どうして自分は跡継ぎなんかになってしまったんだろうと運命を恨み、こんなことを言います。

本当は、鎖を引きちぎってでも野山に行きたい。
(『らんまん』)

期待の跡取り息子として、祖母をはじめ、たくさんの周囲の人達から大事にされてきた万太郎は、酒屋を継がなければならないという縛りで、苦しみます。

万太郎を大事に育ててくれた祖母の期待でもあり、家業を継ぐことは当時の常識だったでしょうから、その縛りは万太郎にとって、鎖と感じるほど強い縛りだったのでしょう。

けれども、自由民権運動に巻き込まれたり、ジョン万次郎と話す機会を得、万太郎は、家業を継がなければならないという強い縛りを断ち切ります。

そして、植物学にまい進しようと心に決め、なんと、小学校中退ながら、いきなり東京大学の植物学教室に乗り込み、ここの出入りを許してくれと直談判を試みます。

当然、小学校中退のヤツを出入りさせるなんてと猛反対を浴びますが、万太郎は、キッとしてこう言い放ちます。

「そんなら結構ですき。(ここからは英語で)あなた方は黙って、わしが世界に打って出るがを眺めちょったらえい」
(『らんまん』)

万太郎の熱意が通り、植物学教室への出入りを許されることになった万太郎ですが、このエピソードでも、万太郎が、常識という縛りから解放されていることがよくわかりますよね。

小学校中退の身なんだから、大学の出入りなんてできるわけがないという常識を見事に打ち破り、まさに型破りな独自の方法で、己の道を突き進んでいくのです。

自分の心に素直で、常識や学歴に縛られない生き方をしている点は、万太郎の大きな魅力の1つではないかと私は思うのですが、皆さんはいかがでしょうか?

雑草という草はない

土から生える小さな白い花
万太郎は、幼い頃から植物が大好きで、道端のどんな草花にも夢中で「おまんは~」と、愛しげに語りかけます。

大事な新種の標本を盗まれ、危なく燃やされそうになった時、標本を盗んだ倉木が、

「(雑草なんて)誰の目にも入らねえ。入ったとて、疎まれ、踏みにじられ、踏みにじったことも誰も覚えてねえ。雑草なんかが生えててもしょうがねえだろうが。」
(『らんまん』)

こう言い捨てた時も、キッとして力強く言い返します。

「雑草いう草はないき。必ず名がある。天から与えられ、持って生まれた唯一無二の名があるはずじゃ。わしは楽しみながじゃ。わしが出会うたものが何者かを知るがが。わしは信じちゅうき。どの草花にも必ず、そこで生きる理由がある。この世に咲く意味がある。必ず。」
(『らんまん』)

『らんまん』を観ている方々は、この名言をよく覚えておいでのことと思いますが、これまた万太郎の魅力の1つではないかと、私はそう思うのです。

万太郎にとってはどんな草花も大事で、雑草と呼んでいい草は1つだってないのです。

大きく華やかに咲く花も、道端に咲く小さな花も、万太郎にとっては等しく大切なのです。

そして、どの草花も同じ大切な価値があると信じるのと同じ気持ちで、どんな人にも同じ大切な価値があると信じ、服装や身分に関係なく、その人そのものを尊重するのです。

万太郎は、世間体や常識に曇らされていない、より澄んだ眼差しで、その人のありのままを尊重し、大切にします。

それは、ヨギーの目指す眼差しといえるのではないでしょうか。

だからこそ、ドラマの中でも万太郎は、周りの人々に愛されます。

高知でも、東京大学の植物学教室でも、印刷所でも、草長屋でも、型破りで常識外れな万太郎は最初こそ、変人だの、異分子だのと思われがちですが、それでも人々はいつの間にか万太郎を好きになり、ついつい万太郎に協力してしまいます。

それは、万太郎が、ありのままのその人を見つめるヨギーの眼差しで、人を見るからなのでしょう。

そんな万太郎だからこそ、視聴者も万太郎を応援したくなってしまうのだと思うのです。

万太郎のモデルになった牧野富太郎氏は、自らを植物の精だと名乗り、常識も世間体も飛び越えて、植物を愛する熱意そのままに人生を突き進みました。

牧野富太郎氏の写真を拝見すると、驚くほど目が澄んでキラキラしたものばかりです。

よりサットヴァに近い澄んだ眼差しで、世界を観ていたのではないかと思えてなりません。

テレビドラマ『らんまん』は、これからどうなっていくのでしょう。楽しみに見守りたいと思います。