古典ヨガから学ぶ!人間関係の悩みを解決するヒント

古典ヨガから学ぶ!人間関係の悩みを解決するヒント

ヨガ哲学は、人生を大きく変えてくれる“生き方の教科書”のような教えです。

社会の中で生きている私たちは、人間関係で悩むことが多く、ヨガでは人間に関してどうアドバイスをしてくれるのか気になりますよね。しかし、ヨガ哲学では他人との関係性について触れられることが少ないです。

今回は、古典ヨガでは人間関係についてどのように書かれているのかを紹介して、私たちが日常生活で活かせるヒントを探ってみたいと思います。

ヨガの古典教典で人間関係について書かれていない理由

本来ヨガは、自身の内側と向き合うためのメソッドです。そのため、外側の事柄との関係性は重要視されていません。

そもそもインドの修行者たちは外部からの刺激が少ない

ヨガ発祥の地インドを訪れると、出家して名前も改名し、完全にそれまでの社会生活を捨ててヨガの修業に専念する人が今でも多く存在しています。

家族との縁を完全には切らなくても、集中して修行をする期間の数年間は、電話なども簡単に出来ないようなアシュラム(ヨガ道場)で生活をし、グルジと共に山に篭る修行者が多く存在しています。

自分自身の内側に意識を向けていくヨガにとって、外部からの刺激が少ない方が深い瞑想状態に入りやすいのは明白なことです。

そのため、集中して修行を行う期間には、社会との関りを断った生活が望ましいとされ、教えとして人間関係の話題に触れる必要はあまりなかったのでしょう。

現代社会の中で生きる私たちへのアドバイスは?

しかし、社会生活を送りながらヨガの実践をしている私たちにとって、人間関係によって感情が大きく影響を受けてしまうことは避けがたいことです。

古い経典の中にも、少ないながら人間関係のヒントが書かれているのでヨガ・スートラやバガヴァッド・ギータから抜粋して紹介します。

なぜ人間関係の問題が起こるのかを考えましょう

私が人間関係に関して話すとき、バガヴァッド・ギータ(以下ギータ)の下記の文章を引用することが多いです。

感覚の対象に対して深く思う時、それらに対する執着が生まれる。執着によって欲求が生まれ、欲求は怒りを生む。

怒りは妄想を生み、妄想は記憶を惑わす。記憶の混乱により知性が失われ、知性の損失により人は滅びる。(2章62節・63節)

こちらは人間関係だけでなく、あらゆる対象に対しての愛について書かれています。執着を含んだ愛を「貪愛(ラーガ)」と呼びます。

上の2節のギータを、子供への愛に例えて考えてみましょう。

  • 執着:自分の子供は愛おしい
  • 欲求:私が愛を注いでいるのだから、私の言うことを聞いて欲しい
  • 怒り:子供を思って叱っている私より、甘やかす旦那の言うことばかり聞く
  • 妄想:私の知らないところで旦那が子供に私の悪口を言っているに違いない
  • 記憶の混乱:子供はいつも私を騙して旦那と出かけている
  • 知性の損失:子供の将来のために、旦那と子供を離さないといけない
  • 崩壊:離婚して、一生子供と旦那が会えないようにしなくてはいけない

これは少し極端な例ですが、大きな苦しみのスタートは上記のように「執着を帯びた愛」が原因になっていることが多いです。

「自分のもの」という自我はアハンカーラと呼ばれ、プラクリティ(物質原理)の生み出したマーヤ(幻)の1つです。

私たちは問題が起こると外的な原因を探しがちですが、実は自身の内側に原因があることが多いです。

上の例は他人に対しての貪愛でしたが、自分自身に対する執着を帯びた愛も、他人との反発の原因となります。「自分」と「他人」を区別する自我が強いほど、自分を守るために外への警戒が強くなってしまいます。

自分自身の内側を磨くことで、他者との関係にも悩むことが少なくなる、というのがヨガ的な解決方法です。遠回りしても、自分自身を先に知ることが大切だとヨガでは考えられています。

ヨガ・スートラに書かれた、他者に対する適切な思考

ヨガ・スートラでは、具体的にどの様な感情を抱くべきなのかを解説しています。

他人の幸せ、不幸、善行、悪行に対して抱く、友情、同情、喜び、無関心の感情は心の寂静を生む。(1章33節)

心の状態を穏やかにするための方法
心の状態を穏やかにするための方法

こちらは、心の状態を穏やかにするための方法、つまり瞑想への準備段階として書かれています。しかし、ヨガ・スートラの中で他人との関係に関して書かれた貴重なスートラでもあります。

他人の幸せに対する友情

「友情」とは、他人の幸せを一緒に喜ぶことの出来る心理状態です。

自分が好ましいと思っている相手とは、喜びを分かち合うことが自然にできるでしょう。しかし、普段仲良くない相手の幸運に対しては素直に喜べますか?

子供の時、兄弟ばかりが母親に可愛がられて、嫉妬してしまう経験をした人も多いと思いますが、これも他人の幸せを喜べない心理状態です。

他人の不幸に対する同情

他人の苦しみを悲しく思う感情も正常な心の作用です。しかし、自分にとって好ましくない相手の不幸はどうでしょうか?

職場で怒鳴ってばかりいる上司が、インフルエンザで休みを取ったらホッとしてしまうこと。たまにあるかもしれません。

最も良くないのは、芸能人などのスキャンダルに喜ぶことです。「他人の不幸は蜜の味」ということわざも存在しますが、確実に自身の心を濁してしまいます。

他者の善行に対する喜び

人が善いことをしていたら、それは喜ぶべきことです。では、それが出来ない状況とはどのような状態でしょうか? 

自分のライバルが努力して成果をあげたらどうでしょうか。自分はそこまでの労力を費やせなかった場合、素直に喜んであげられないかもしれません。自分が挫折してしまった夢をあきらめずに続けて叶えた友人に対しては?

子供の時、兄弟ばかりが両親に褒められていたら、素直に自分も善いことをすれば良いのに、かえって反抗的な行動をしてしまった人も多いでしょう。

他人の悪行に対する無関心

こちらは少し難しいかもしれません。

例えば親子関係であれば、子供が悪いことをしたら叱る必要がありますし、友人が悪い道に進もうとしていたら止めなくてはいけないこともあるでしょう。しかし、悪い行いを注意し、批判に夢中になって、そこに自身の意識を留め続けないように気を付けましょう。

自身と関わりのない他人であればなおさら。特にテレビのニュースなどで知った赤の他人の悪い行いを批判するような会話は無用です。他人の批判に費やす時間は、私たちの心の状態にとっては不純な状態。

たとえ身近な相手であっても、出来るだけ感情的にはならず、対策を建設的に考えられると良いです。

自分自身の状態を平等で安定した状態に保つとことが大切

上記の教えはヨガ・スートラに書かれたものですが、自身と身近な人、全くの他人を平等として考える点に関しては、ギータの教えにも似ている気がします。

賢者は、学術と修養をそなえたバラモンに対しても、牛、象、犬、犬喰に対しても、平等(同一)のものと見る。(5章18節)

ヨガ・スートラでも、ギータでも、相手と自分の関係性、または相手が優れた人かそうでないかに限らず平等に見ることを教えます。

他者の喜びは自分のことのように喜び、他者の悲しみは自分の悲しみとして認識する。自分、自分にとって好ましい人、自分にとって好ましくない人、全てを平等に見ることが出来るよう目指すのがヨガの心理状態です。

自身を変えると相手も変わる

上記に書いたものは全て、自分自身の考え方を変える方法です。

「それだと結局、関係性は変わらないのでは?」と思うかもしれませんが、自分自身を変えると自然と周りの人も変わっていることに気が付くかもしれません。

その点は8支則の中のヤマ・ニヤマに少し触れられています。

アヒムサ(非暴力)に専念した人の前では、その人の周囲では全ての人が敵意を捨てる。(2章35節)

自分自身が他者と自分に対しての非暴力を貫くことが出来ると、自分の周囲も攻撃性がなくなっていくことに気が付きます。自分が優しい人になろうと努力すると、周りも親切になったと実感できるでしょう。

嘘をつかずに正直であるサティアでも、自身が変わると周りが変わることが説かれます。

サティア(正直)に専念した人は、行為とその結果の基盤となる。(2章36節)

正直さを確立した人の口からは、嘘は一切発生しない。つまり、サティアを極めた人の言葉は、現実となります。

日本でも言霊という言葉で知られていますが、嘘ばかりをつく人の発する言葉は現実にはなりません。サティアの実践で心が純粋な状態になった人は、正直さに対して誠実であるため、正直さはその人と存在することを望み、彼の言葉の正しさを守るようになります。

スピリチュアルな奇跡のように聞こえるかもしれませんが、自ら実践すると体験することが出来るはずです。

「相手は自分の鏡」という言葉を聞いたことがあると思います。

相手は自分の鏡である
相手は自分の鏡である

自分から好意的な態度を心がけると、相手からも好意的な態度が返ってくることが多くなります。しかし、「相手にこうして欲しい」という欲求を目的としては最初に書いた貪愛となってしまいます。他人に期待をせず自分自身を磨くことに集中しましょう。

人間関係も自分の内側と向き合うことが大切

問題が起こると、原因は全て自分の外側にあると考えがちです。自分自身と向き合うことは私たちにとって最も難しいことです。

日ごろから自分自身の思考を冷静に観察する習慣を身に付けると、問題の本当の原因が見えるようになります。相手から不快なことをされた時、実は自身の内側にもネガティブな感情がすでに存在していたかもしれません。

簡単ではないかもしれませんが、日ごろのヨガの練習から自分の内側を観察する習慣をコツコツと身に付けていくことが大切です。

関連タグ