少年とライオンが森の中で向き合って座る様子

『アンディとライオン』~ 夢か現実か。いや、これは心の世界 ~

みなさん、こんにちは。丘紫真璃です。
今回は、アメリカの絵本『アンディとライオン』を紹介したいと思います。
福音館書店から出ているこちらの絵本の訳者は、『赤毛のアン』の名訳でおなじみの村岡花子です。これはきっと面白い絵本だぞと思って読んでみると、やっぱり! スピード感あふれる素晴らしい名作絵本でした。
というわけで、今回は『アンディとライオン』とヨガの関係についてみなさんと考えていきたいと思います。

アメリカの優れた挿絵画家、ジェームズ・ドーハティ

窓辺に置かれた机の上のイーゼルとカンバスと画材

作者のジェームズ・ドーハティは、1889年にアメリカのオハイオ州で生まれます。子どもの頃から、アメリカ開拓の物語や、祖父が話してくれるダニエル・ブーンと鹿皮服の男たちについてのホラ話などを聞いて育ったそうですよ。
非常にアメリカ的な挿絵画家の一人と言われており、1939年に刊行された『リンカーン』では、コールデコットオナー賞を受賞しています。

『アンディとライオン』は、そんなドーハティが才能をいかんなく発揮して制作した名作です。勢いのある線画と、次から次へと展開していく物語に惹きつけられ、あっという間に読めてしまいます。というわけで、さっそく、『アンディとライオン』を見ていきましょう。

朝の通学路にライオンが現れる

黄色い背景の中のライオンイラスト

この絵本は、3章の構成になっています。
第1章では、主人公の男の子アンディが、図書館に出かけるところから始まります。
アンディはライオンの本を借り、家に帰ってからも夢中で読みふけります。夜ご飯中も、ご飯が終わった後も、ずうっとライオンの本を読み続け、寝る前にはおじいさんからライオン狩りの物語をたくさん聞き、夜眠ってからはライオンの夢を見ます。
そして、朝起きてからもライオンのことばかり考えていて、顔を洗う時も、朝の支度中も、頭の中はライオンのことばかり。
ライオンのことばかり考えながら学校に出かけていくところで、第1章は終わります。

第2章は1章からの続きとして、学校へ向かって歩くアンディが登場します。いつもの通学路を歩いていると、驚きのものと出くわします。

みちの まがりかどへ きたときです。かどの おおきな いわの かげから、なにか つきでているのに きがつきました。とても へんな かっこうをしているものでした。

ジェームズ・ドーハティ.訳 村岡花子.『アンディとライオン』. 福音館書店.2019.p,23

アンディがそのヘンなものの近くまで寄っていって調べてみると……

へんな ものが、うごきました! らいおんでした!

ジェームズ・ドーハティ.訳 村岡花子.『アンディとライオン』. 福音館書店.2019.pp,27-29

アンディが見たヘンなものは、ライオンのしっぽだったということが、イラストからわかります。
あわてて逃げようと、ライオンを避けて、岩の横を通りぬけようとしたアンディですが、何とライオンは、岩の周りをグルグル走り始めます。なので、大変なことになってしまいました。

アンディが どっちへ にげてもーらいおんが います

ジェームズ・ドーハティ.訳 村岡花子.『アンディとライオン』. 福音館書店.2019.p,35

とうとう、どちらもがヘトヘトになって座り込んでしまった時、ライオンが、アンディに大きな前足を見せました。ライオンの前足には、大きなトゲがささっていたのです。
アンディは、ちょうどポケットにクギ抜きを持っていたので、それを使って、ライオンの前足からトゲをぬいてやりました。

らいおんは アンディの かおを ぺろぺろなめました。とても うれしかったからです

ジェームズ・ドーハティ.訳 村岡花子.『アンディとライオン』. 福音館書店.2019.p,47

こうして仲良くなった二人は手をふって別れ、アンディは学校へ、ライオンはライオンの用事をこなしに行くところで、第2章は終わります。夢だったのか、現実だったのか……

第3章は、アンディの住んでいる町にサーカスがやって来るところから始まります。ライオンの芸当が見たいアンディがサーカスに行くと、大変な騒ぎが起こっていました。

げいとうのまっさいちゅうに、いちばん おおきな ライオンが、たかい てつの おりから とびだして、おそろしい うなりごえを あげながら、けんぶつせきめがけて、とっしんしてきました。ひとびとは、いのちからがら にげだしました

ジェームズ・ドーハティ.訳 村岡花子.『アンディとライオン』. 福音館書店.2019.pp, 55-57

ライオンは、アンディの真正面にやってきます。何と、そのライオンは、アンディが前足からトゲをぬいてやったあのライオンだったのです!
アンディも気づいてライオンと再会を喜び合っていると、大勢の大人がライオンを生け捕りにしようと押し寄せてきました。そんな大人に向かって、アンディは堂々と言い放ちます。

この らいおんを ひどいめに あわせないでください! これは、ぼくの ともだちです

ジェームズ・ドーハティ.訳 村岡花子.『アンディとライオン』. 福音館書店.2019.p,66

こうしてライオンを守ったアンディは、勇敢な男の子だということで市長さんからメダルまでもらいました。そしてラストは、アンディが、ライオンをまるでペットのように連れて、図書館に本を返しに行くシーンが描かれているのですが……
どうでしょう?みなさんは、この物語のどこからどこまでがアンディの現実で、どこからどこまでがアンディの夢だと思いますか?

アンディの世界をのぞく

開かれた本のページから伸びる大木とそれを見上げる座る読書する少年

絵本を開いている間は、どこまでがアンディの現実で、どこからがアンディの夢なのかなんて、そんなことは全く頭に浮かびません。絵本を閉じた時に、物語を振り返ってみて初めて、アレ? そういえば、どこまでがアンディの現実なんだろうと首をかしげることになるわけです。

第1章は明らかに、アンディの現実でしょう。朝、学校に向かっているところまでは、確実に、アンディの現実なんだと読者は思います。
ところが、そこにライオンが登場するわけです。通学路に何気なく登場してくるので、わざとらしさは、少しもありません。ですが、こうなってみると、朝、学校に向かっているところは、本当にアンディの現実だったのでしょうか? それとも、夜寝るところまでがアンディの現実で、その後は全てアンディの夢だったんでしょうか?

そして、サーカスがアンディの町にやってきます。サーカスは確かにアンディの町にやってきたと、読者は最初、思います。ところが、サーカスで一番大きなライオンが、アンディがトゲをぬいてやったあのライオンだったというくだりで、わからなくなるわけです。サーカスが町に来たところも含めて、やっぱりアンディの夢だったんだろうか?
ラストでは、ライオンと友達になったアンディが、ライオンをペットのように連れて、図書館に本を返しに行くけれど、それは現実なんだろうか。夢なんだろうか?
考えても、境界はどうもはっきりしません。

けれども、ヨガ的に考えてみたら、現実とか夢とかということではなく、これはアンディという一人の男の子の心の世界なんだということが、すぐにわかると思います。

ヨガでは、一人一人の心の状態が、その人の見る世界に反映すると言われています。
ピュアな心の持ち主が見る世界は、キレイで平和でとても楽しいのですが、怒りでいっぱいの人が見る世界は、腹が立つことばかりの世界になるのだそうです。

アンディの場合で考えると、アンディは、ライオンのことで頭も心もいっぱいです。だから、アンディの通学路にはライオンがごく自然に登場してくるのです。そして、アンディの世界では、ライオンは、ライオン狩りの対象になるわけでもなければ、サーカスの鉄の高いおりに閉じ込められる存在でもありません。ライオンは、友達になる存在です。

子どもたちはサットヴァな心を持っていると、ヨガではよく言われます。それは、大昔、動物を神と思い、動物を尊敬して、動物と共生していた原始の人々が持っている心と同じです。
サットヴァな世界では、ライオンは狩りの対象になるわけでもなければ、鉄の檻に閉じ込める存在でもなく、また恐怖の対象でもありません。ライオンもまた尊敬するべき存在であり、友達なのです。
そんな世界を、私たちはこの絵本を通して、楽しむことが出来るのです。

次から次へとページをめくらせるストーリー展開と、勢いと迫力たっぷりの挿絵が、私たちをあっという間に、アンディの世界に連れていってくれます。
お子さんと読んでも楽しいですが、この絵本は大人の方が1人で読んでも、ものすごく楽しめると思います。ぜひ、手に取って、『アンディとライオン』の世界を楽しんでみて下さい。