みなさん、こんにちは。丘紫真璃です。2026年もどうぞよろしくお願いいたします。
さて、2026年初めは、『グレン・グールド』という本を取り上げたいと思います。天才ピアニストであるグレン・グールドの名をご存じの方はきっとたくさんいらっしゃることでしょう。
ところが、私はピアノを小さい頃に習っていたのに、クラシック音楽にはものすごく疎く、グールドの名前を知ったのは最近でした。それこそ、以前このコラムで紹介した詩集『世界はうつくしいと』の中の詩で初めてグールドを知りました。
彼の演奏を試しに聞いて見ると、聴いたこともない演奏でとても驚きました。さらに、調べてみると、その人柄も面白く、ぜひ今回取り上げてみようと思ったわけです。
というわけで、今回はグレン・グールドとヨガのつながりについてみなさんと考えていきたいと思います。
推しはグールド!な吉田秀和氏

著者は、著名な音楽評論家であり随筆家であった吉田秀和氏です。
1913年生まれの彼は、戦後の混乱期に本当に自分のやりたいことをやって死にたいと強く思い、音楽評論家の道を歩み始めたそうです。
豊かなクラシック音楽の知識を活かして、20世紀を代表する名演奏の数々を評論した吉田氏は、音楽評論家としては初の個人全集を刊行し、第二回大佛次郎賞を受賞します。その後も活躍し続け、1990年には、音楽や演劇、芸術などで優れた芸術評論を発表した人に贈る吉田秀和賞を設立しました。
そんな名評論家である吉田氏の推し演奏家の一人が、グレン・グールドであったようです。吉田氏がグールドについて書いている文章を読むと、彼がどんなにグールドを愛しているのかがよくわかります。
今回は、そんなグールドを愛してやまない吉田秀和氏の文章と共に、グレン・グールドについて、みなさんと見ていきたいと思います。
天才ピアニストであり変人のグレン・グールド

吉田氏がグールドについて耳にしたのは、1958年のベルリンでのことだったそうです。ある秋の日、ベルリンに到着した吉田氏は、前日にグレン・グールドというピアニストがとてつもなく素晴らしい演奏をしたと聞かされ、ものすごく悔しい思いをしたのだとか。
その時のことを、吉田氏はこう書いています。
私が一日おくれてついたベルリンでは、街の音楽関係者たちは前日のグールドの演奏の噂でもちきりだった。たまたま、そこには日本の二人のピアニストの秀才、園田高弘と松浦豊明がいたが、二人は口を揃えて、グールドを賛美していた。彼らによれば「グールドの音楽は口につくしがたい魅惑にみちていて、ことにピアニッシモの美しさは想像を絶している」というのだった。またベルリンの新聞の評では、グールドは、バッハの『ニ短調ピアノ協奏曲』をひいたのだが、「まさに二世紀にわたって死滅していたバッハ演奏の伝統を生きかえらせたかと思われる」というものであった。
吉田秀和『グレン・グールド』. 河出書房新社.2019年. pp,33-34
そんなグールドの経歴は、クラシック音楽に詳しい吉田氏も“異常”と言うほどの驚きのものです。
1932年にカナダのトロントで生まれたグールドは、3歳の時に音楽家の母親からピアノを習い始めます。7歳でトロントの王立音楽院に合格し、12歳で同院を最優秀の成績で卒業したということですが、そんな幼い年齢で音楽院を卒業する人は今までにはいなかったそうです。
1947年に、トロントでデビュー。1955年にはアメリカで演奏すると大絶賛され、一躍、新進ピアニストとしての頭角を現します。そして、1956年にバッハの『ゴールドベルク変奏曲』のレコードを発売すると大ヒットし、グールドはたちまち世界的ピアニストとなっていきます。
そのレコードを聴いた吉田氏は、こう書いています。
はじめて彼のレコードをきいた時、バッハの作品のうえに長い間たまってきた塵芥の類を一挙に払いのけて、この作品がはじめて生れた時のような、率直で新鮮で、しかもつきることのない生命―と芸術―にみちている生きもののようにきこえてきたし、その時感じた驚きと喜びは、不思議なことに、いつ、また、このレコードをとりだしてきいてみても、同じ新鮮さでくり返される。
吉田秀和『グレン・グールド』. 河出書房新社.2019年. pp,41-42
このレコードで世界的なピアニストとなったグールドは、演奏旅行で忙しい日々を送るようになります。そうして世界を周るにつれ、グールドの名声はますます高くなると共に、数々の奇抜な話もささやかれるようになったそうです。
例えば、演奏中はお話にならないくらい低い椅子に座り、鍵盤と顔がくっつきそうな変な姿勢で弾いているだとか、片膝をもう一方に重ねて弾いているだとか、演奏中にやたらにつぶやいたり歌ったりしているだとか、大変な気まぐれで演奏会を突然キャンセルしたり、演奏の途中で中止してしまうだとか、6月でもウールの帽子、オーバーコート、マフラー、手袋、ズボンで完全防寒して歩き回っているだとか……。
天才的な演奏をする変人として、世界的にどんどんその名が知れ渡るようになったグールドですが、1964年、彼が32歳の時に、コンサートは死んだと宣言し、ぷっつりと演奏活動をやめてしまいます。それ以降は、演奏を録音することに勢力を注ぎ、数多くのアルバムを発売したりテレビで演奏をしたりして活躍をし続けます。1982年には、デビューして有名になった『ゴルドベルク変奏曲』を再録音しますが、その1年後に脳卒中で倒れて亡くなってしまいました。グールドが50歳のことでした。
型破りな演奏

グールドについては、数多くの評論家がいろんなことを書いているようですが、吉田氏をはじめ、誰もがそろって書いていることは、グールドの演奏は、非常に型破りであるということです。
楽譜なんてまるで無視しているので、グールドがバッハを弾くと聴いたこともないバッハになるし、モーツァルトやベートーヴェンを弾くと、びっくりするくらい異常なモーツァルトやベートーヴェンとなってしまうらしいのです。
実際、グールドが弾いているモーツァルトの『トルコ行進曲』を聴いてみましたが、よく聴く『トルコ行進曲』よりもものすごくゆっくりしたテンポで驚いてしまいました。かと思ったら、後半になると音がどんどん増えて、あれ?こんな曲だったっけ?って首をかしげるくらい、他の人とは弾いている音が違うのです。和音をバラバラに崩して弾いているから、そんな風に聴こえたらしいのですが、とにかく、普通の『トルコ行進曲』とはだいぶ違っていることは確かでした。
ピアノを弾かせたら天才的で、かつ型破りで驚くような演奏をする上に、経歴も“異常”。弾いている様子が奇抜な上に、耳を疑うような変人的な行動をする。おまけに、コンサートは死んだとか言い放って、いきなり演奏活動をやめてしまうのですから、目が離せない人物として、多くの人の注目を浴びるのも当然です。
そんなグールドの何がヨガなのか。それはまさしく、グールドが楽譜なんてまるで無視して、型破りな演奏をするという点でしょう。吉田氏は、それについてこう書いています。
グールドは世間の常識の逆をゆくことが多かった。それをきいて同感するかどうかは別としても、少なくとも知的に受け止める能力のあるきき手なら、「なるほど、音楽というものはああひくばかりが能でなく、こうひいてもいいのだな」とわかるはずだった。それは人間の考え方、感じ方を既成の枠から解放し、自由にはばたくよう誘う働きをもつ。
吉田秀和『グレン・グールド』. 河出書房新社.2019年. pp,133-134
クラシック音楽は、楽譜通りに演奏するのが基本です。私も子どもの頃に少しばかりピアノを習っていたのですが、楽譜の書いてある通りに弾くのが当たり前でしたから、楽譜をまるで無視して弾いてしまうなんて思いもよりませんでした。
でも、グールドはそれをしてのけたのです。楽譜通りに弾かないなんて作曲家を無視した行動であるという意見は確かにあるでしょうし、グールドはどうも好きになれないという方だってもちろんいらっしゃるでしょう。
いろいろな意見があるとは思いますが、確かなことは吉田氏が言う通り、こう弾いてもいいんだなとわかるということではないでしょうか。それを美しいと感じて人を惹きつけてやまないとしたら、それもまた音楽的には正解といえるのかもしれないと私は思います。
ヨガでは、常識といった縛りから自由になることが大切だと言われていますが、グールドの型破りな演奏を聴くことそのものが、私たちを一種の縛りから自由にしてくれるということができるのではないでしょうか。
瞑想世界へ

グールドの魅力は、それだけに終わらないと吉田氏は言います。亡くなる1年前に再録音した『ゴルドベルク変奏曲』について、吉田氏はこんな風に書いています。
根本的なことは、実は、演奏が一層静かになった点だ。
「より内面的、瞑想的になった」といってもいいかも知れない。
この人は戦闘的、攻撃的な芸術と肌が合わなかった。きくものの気分を刺戟し、高揚させ、劇的にゆり動かしたり、口もきけなくなるなど圧倒さすような音楽づくりを避け、その逆に、きき手の心を静め、精神をある「うちなるもの」に向かって集中させるような音楽をやってきたのだった。吉田秀和『グレン・グールド』. 河出書房新社.2019年. pp,132-133
この文章を読んで、私は初めて、グールドを聴いてみた時のことを思い出しました。
あれは夜、パソコンの不具合でせっかくの仕事のデータが全部消えてしまい、うわあああ~!と、思った時のことでした。また一からのやり直しにものすごくイライラした時に、私はふとグールドの演奏を聴いてみようと思い立ったのです。
そこで、グールドの『ニュルンベルクのマイスタージンガー』を聴いたわけなのですが、不思議なことにそれをかけたとたん、魔法のように、私のイライラした心は静まりました。そして、仕事に集中することができ、とても捗ったのです。
確かにあの時、グールドのピアノは私の心を静めました。イライラした心を仕事に集中する方向に持っていってくれました。それを思い出した時、確かに、グールドの曲はきき手の心を静める作用があるのかもしれないと、そんな風に私も思ったのです。
聴く人の心を静め、うちなるものへといざなうグールドの音楽。グールドの音楽を聴くということそのものが、きっと瞑想なのでしょう。そういった意味で、グールドの音楽は聴くだけでヨガをすることにつながると私は思ったのですが、みなさんはいかがでしょうか。
もしも、まだグールドを知らないという方がいらっしゃいましたら、この機会にぜひ、グールドの動画を観たり、ピアノを聴いたりしてみて下さい。彼の奏でるピアノの世界にハマる方がとてもたくさんいらっしゃると思います。
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