芝生の上に横並びで座る6匹の犬

カーミングシグナルで広がる犬の世界

みなさん、こんにちは。丘紫真璃です。
今回は、テゥーリッド・ルーガスさんの『カーミングシグナル』を取り上げたいと思います。
言ってみれば、この本は犬語の本なんです。犬語なんてあるのかって驚かれる方も多いかもしれませんが、テゥーリッドさんによると、あるんです!
私たち人間のように言葉でしゃべるわけではありませんが、ワンちゃんたちは、表情、しぐさ、しっぽの上げ方、目線の使い方などで、お互いにコミュニケーションを取っているのだそうです。この本は、その犬語の解説本のようなものなんですよ。
私は、10歳になる雑種犬の女の子・ココちゃんと暮らしているので、この本を読んだのですが、これってヨガともつながっているかもと思い、今回のコラムに取り上げてみました。
というわけで、早速、犬語の本とヨガとの関係について考えていきたいと思います。

犬の第一人者テゥーリッド・ルーガス

芝生の上で犬と戯れる女性

著者のテゥーリッド・ルーガスさんは、1938年にノルウェーで生まれました。幼い頃から動物好きだったようで、競走馬のインストラクターとしての経験もあるそうですよ。
1969年頃から犬の行動に関わる仕事をはじめ、1984年にはハーガン犬学校を設立します。さらに世界中を飛び回り、犬に関する講演活動も精力的に行いました。

カーミングシグナルを初めて提唱したことでも有名で、犬が緊張したりストレスを感じたりする時に、対立を避けるために様々な合図を出していることを発表しました。
このカーミングシグナルは、世界中のドックトレーナーたちに大きな影響を与えたそうです。

カーミングシグナルって何?

真っ直ぐとカメラを見つめる1匹の犬

そもそも、カーミングシグナルとは何なのでしょうか。
犬の祖先と言えば、オオカミですよね。オオカミは群れで行動する生き物ですので、争いごとを避けるために、カーミングシグナルを使っているということは、昔から研究者の間では有名だったそうです。

例えば、2匹のオオカミが攻撃し合っていたとします。この2匹の間に、1匹のオオカミが割り込みます。これが、カーミングシグナルです。間に割り込んだオオカミは、攻撃し合っていた2匹に、「いったん落ち着こうよ」と言っているのです。
生きていく上で、むやみな争いは不必要なものですよね。ですから、オオカミたちは、カーミングシグナルを上手に使って、ムダな争いを避けて暮らしているというわけです。

このカーミングシグナルを犬は使わないと思われていたそうですが、そうではないことをつきとめたのが、テゥーリッド・ルーガスさんでした。
オオカミのカーミングシグナルの方が目立つので、犬のカーミングシグナルはつい見過ごされがちだそうです。けれども、確かに犬たちもカーミングシグナルを出していることを、ルーガスさんは突き止め、犬の具体的なカーミングシグナルを、この本で教えてくれています。

例えば、ある犬が、自分に近づいてきた犬を見て顔をそらしたとします。これは、近づいてきた犬に対して「敵意はないよ」という合図を送っているのです。
もし、自分に近づいてきた犬をまっすぐに見つめていたとしたら、「戦うぞ!」という合図になり、喧嘩寸前といった状態になってしまいます。
犬たちは、人間に対しても同じようにカーミングシグナルを使っています。カワイイからと言って、ある犬をじっと見つめた場合、その犬はあなたから顔をそらすでしょう。これは、「あなたと争いたくない」という合図を出しているのです。
犬がこの合図を出したら、あなたも顔をそらして、「私も敵意はありません」と知らせてあげるのが良いそうです。そうすれば、犬は落ちついてあなたに近づいてきたりもするでしょう。ですが、もしも、犬の合図を無視してしつこく見つめ続けたりしたら、犬は、この人間は自分に敵意があると勘違いして、吠え出してしまうかもしれません。

この例から見てもわかるように、犬が出しているカーミングシグナルを正しくキャッチしてあげることが、とても大切なのですね。

そのような合図が、他にもまだまだたくさんあります。
例えば、若い犬がじゃれついてくる時、10歳のベテランワンちゃんであるうちのココちゃんは、身体を横に向けたりします。これは、じゃれついている犬に対して落ち着くようにと合図を出しているのですね。
ココちゃんのこの合図を読み取ってくれないワンちゃんもいますが、ココちゃんの合図を理解して後ろに引き下がってくれるワンちゃんもいます。

あるいは、ココちゃんは、吠えているチビッコのワンちゃんに対して、背中を向けてオスワリをすることもあります。これもまた、チビッコのワンちゃんに落ち着くようにと合図を送っているのです。この合図で、チビッコのワンちゃんは黙り込み、地面を嗅いだりすることもよくあります。

地面を嗅ぐことも、犬のカーミングシグナルの1つです。これもやはり、相手に対して敵意がないことを示している合図なんです。チビッコのワンちゃんたちは、背中を向けているココちゃんに敵意はないことを示しているのですね。

ココちゃん自身も、この合図をよく使います。うちのココちゃんは、走って来る車がとても怖いのですが、道路を歩いていてそばを車が走っていった時、顔をそむけて、懸命に、地面の匂いを嗅いだりします。これは、ココちゃんが走って来る車に対して、「私にあなたへの敵意はありませんから襲ってこないで下さいね」という合図を出しているのです。
車が去っていくと、ココちゃんはまた顔をふりあげ、何もなかったかのように歩きます。

アクビをする、しっぽをふる、おしりを高く上げる、目をそらす……などなど、まだまだ、犬のカーミングシグナルはたくさんあります。
もし、犬を飼っていらっしゃるなら、ぜひ、カーミングシグナルを勉強して、あなたのワンちゃんを観察してみて下さい。きっと面白いですよ。

トレーニングなんていらない

木の台に駆け上る1匹の犬と追いかける1人の女性

この本を翻訳した石綿美香さんは、通訳や翻訳の仕事をしている方ですが、犬のトレーニングにも興味を持ち、犬の心理学なども勉強しているそうです。
そんな石綿さんは、ルーガスさんからのある言葉に衝撃を受けたと言います。

私には人生でいくつか衝撃を受け、その後、ものの見方が変わった人との出会いや会話というのがあるのですが、そのうちのひとつは彼女からのものでした。
「犬にトレーニングなんていらない!」
通訳というお仕事で一緒だったのですが、東京観光をすませ、おしゃべりをしていた時のことです。今でも忘れませんが、東京駅の地下にある喫茶店でした。当時、犬のいわゆるトレーニングに夢中だった私には、何が何やら理解できませんでした。これがきっかけで、トレーニングってなんだろうと真剣に考えるようになったのです。

石綿美香. 『カーミングシグナル』. 株式会社エー・ディー・サマーズ. 2013年. p,56

犬のしつけってよく言われますよね。犬をお利口にするためにしつけをしなければならないということは、多くの人の常識となっているのではないでしょうか。
つまり、犬が間違ったことをしたら叱り、良いことをしたら誉め、その犬がお利口になるようにしつけなければならないというわけですが、そんなものは一切いらないと、ルーガスさんは言い切ったというわけなのですよね。

それはなぜなのでしょう。

そもそも、間違ったこととは何でしょうか。
例えば、犬がお客さんに対してものすごく吠えたら、それは、飼い主さんにとっては「犬がいけないことをしている」ということになるのかもしれません。
でも、犬の立場で考えてみたらどうでしょうか。
見知らぬ人間が、自分のテリトリーに入って来たわけですから、当然、警戒しますよね。さらに、あなたの犬は、そのテリトリーに入って来た人間に対して、顔をそむけたかもしれません。敵意はないという合図を送ったわけですよね。
それなのに、お客さんがあなたの犬をじいっと見つめ、「カワイイね」などと言ったらどうでしょうか。まっすぐに見つめるということは、犬にとっては敵意があるというカーミングシグナルです。犬は、お客さんのことを、テリトリーに入って来た敵意のあるヤツとみなして、吠えるでしょう。犬にとったら、当然の行動だったわけですよね。
ですから、この時に大事なことは、「吠えたらいけない!」と犬を叱ることではないわけです。
大切なことは、カーミングシグナルを使うことなんです。たとえば、お客さんに、「申し訳ありませんが、顔をそむけていただけますか」と頼んでみる…… といったことや、椅子に座っていただくだけでも効果があります。犬から顔をそむけて座ることは、犬を落ち着かせるカーミングシグナルになりますから。
そうしたシグナルを上手に使って、犬を落ち着かせてあげることが何よりも大切だというわけです。

しつけ教室の先生からこの本を教えていただいて読んでみるまで、私も当然のように、犬はしつけをするものだと思っていましたし、お客さんに吠えるといったようないけないことを犬がしたら、叱らなくてはいけないと思い込んでいました。
でも、違ったのです。犬のしつけをしなければならないのではなく、私たちが犬の言葉を理解し、犬のカーミングシグナルを覚えて、犬の気持ちをわかるように努めなければならなかったのです。変わらなければならないのは犬ではなく、人間の方だったと分かった時、まさしく、目からウロコが落ちるような思いでした。

思い込みや常識といった縛りをほどいて自由な考え方をすることが、ヨガの大きな目的の一つですが、この本を読んだ時はまさしく、犬はしつけるものといった思い込みがなくなった瞬間だったと思います。

そして、それにより、私の犬の世界は大きく広がりました。『カーミングシグナル』に関する本をいろいろ買い込んで、つたないながらも、ココちゃんやお友達ワンちゃんたちのカーミングシグナルを読んでみようとした時、犬たちはものすごくたくさんのシグナルをお互いに出し合っていることや、物事の状況をすごく賢くわかって対処しているということなど、本当にたくさんのことがわかるようになったのです。

ルーガスさんはこう書いています。

犬に尊敬してほしいのなら、あなたが犬を尊敬しなければなりません。よい関係というのは相互通行であり、ほどよいバランスがとれた一体感の中で、一緒に暮らすことです。

石綿美香. 『カーミングシグナル』. 株式会社エー・ディー・サマーズ. 2013年. p,54

これは、人間同士にも言えることですね。相手と本当に仲良くなろうと思ったら、相手を尊敬し、相手とコミュニケーションをよくとることが何より大切なのかもしれません。

とにかく、愛犬家のみなさんには、『カーミングシグナル』を読んでみることをおすすめします! あなたのワンちゃんと、ぜひ、コミュニケーションを取ってみて下さいね。

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