山間の丘の上に建つお城

『青い城』~恐れから自由になる~

みなさん、こんにちは。丘紫真璃です。
今回は、カナダの女流作家であるL.M.モンゴメリの『青い城』を取り上げたいと思います。モンゴメリといえば、以前このコラムで紹介した『赤毛のアン』が有名ですよね。村岡花子の名訳で知られる『赤毛のアン』シリーズは、多くの方に愛されているのではないでしょうか。
今回紹介する『青い城』は、村岡花子が訳しておらず、日本ではあまり知られていない作品ではないかと思います。けれども、筋書きもドラマチックで、モンゴメリらしさに溢れ、なかなか読み応えがあって面白いんです。
というわけで今回は、『青い城』とヨガのつながりについて考えていきたいと思います。

人気作家モンゴメリ

カナダのプリンス・エドワード島の風景

著者のモンゴメリは、1879年にカナダのプリンス・エドワード島で生まれます。プリンス・エドワード島は、『赤毛のアン』の舞台になっていることで、有名ですよね。

母を早くに亡くしたモンゴメリは、プリンス・エドワード島の祖父母の家で育てられます。一時期、再婚した父と暮らしたこともあったようですが、継母とうまくいかず、すぐに祖父母の家に戻ったようです。祖父が亡くなった後は、祖母を献身的に介護しながら多忙な毎日を送ります。その傍らで詩や創作活動に励み、『赤毛のアン』を執筆しました。

1908年に『赤毛のアン』が出版されると、たちまち世界的なベストセラーとなり、モンゴメリは一躍、有名になりました。そして、祖母が亡くなった後、以前から婚約していた牧師のユーアン・マクドナルドと1911年に結婚します。ベストセラー作家として、また牧師の妻として、超多忙な毎日を送る中で書かれたのが『青い城』でした。

モンゴメリの作品のほとんどは、故郷のプリンス・エドワード島が舞台になっていますが、『青い城』は珍しく、カナダのオンタリオ州マスコウカが舞台となっています。
では早速、『青い城』がどんな物語なのか、見ていきましょう。

恐れに縛られていたヴァランシー

両手で胸を押さえる女性

主人公のヴァランシー・スターリングは、29歳のオールド・ミスだということを気に病んでいます。ろくでもない男と結婚をするくらいなら、オールド・ミスの方がマシだとは思っているのですが、一度も恋をしたことがないなんてとてもみじめだと思っているのです。

彼女の母は、ヴァランシーが誰からもプロポーズをされたこともなく、結婚ができないことを恥さらしだと思っており、容赦なく娘に指摘します。母は、金持ちと結婚できることが女にとって何よりも幸せなことだと固く信じ込んでいるのです。そんな母は非常に支配的で、ヴァランシーの服装や髪型、行動などの自由を一切許しません。ヴァランシーは、図書館にさえ、母の許可なしには自由に行くことができないのです。
彼女は、母の命じる服装や髪型にするのは大嫌いでしたし、母の命令にもいちいち心の中で反抗せずにはいられないのですが、口に出すことはできません。ヴァランシーが母に反対するようなことを言おうものなら、母がどんなに怒ってヒステリーを起こすかわかっていたので、怖かったのです。そんなわけで彼女は、母の顔色をうかがいながら、オドオドとした毎日を送っています。

その他にも、お金持ちの親戚のおじさんを怒らせて財産がもらえなくなったらどうしようとか、貧乏なまま1人ぼっちで死ぬことになったらどうしようとか、親戚を怒らせてのけ者にされたらどうしようとか、ヴァランシーには恐れていることがとてもたくさんありました。

母親がふくれてヒステリーになること、ベンジャミンおじの機嫌をそこねること、ウェリトンおばの軽蔑の的になること、イザベルおばの意地の悪い言葉、ジェイムズおじが眉をひそめること、一族じゅうの者の言葉や偏見にさからうこと、体裁をとりつくろうのが下手なこと、自分の思ったとおりのことを口に出して言うこと、貧しい晩年がくること。恐れ、恐れ、恐れ……ヴァランシーは、それから決してのがれることができない。それは、鋼鉄でできたクモの糸のように、彼女にからみついて縛りつけている。

L.M.モンゴメリ. 訳 谷口由美子. 『青い城』. 篠崎書林. 2002. pp,19-20

そんな彼女が唯一自由になれるのは、空想の世界でした。家族は誰も知らないことなのですが、ヴァランシーは空想力が非常に豊かで、ひそかに“青い城”に住んでいる空想をして楽しんでいたのです。

記憶のある限り昔から、ヴァランシーは心の中ではその青い城に住んでいた。まだほんの小さな子供だった頃から、自分の心の中の青い城に気づいていたのだ。いつも目をつぶりさえすれば、それをはっきり見ることができる。松の茂った高い山にそびえる青い城には、小さな塔がいくつもあり、旗が立ち、青霞の中にその美しい姿が浮かんで見える。

L.M.モンゴメリ. 訳 谷口由美子. 『青い城』. 篠崎書林. 2002. p,7

ある時、ヴァランシーは、心臓が痛いということに悩んでいました。家族にそのことを打ち明けると必要以上に大騒ぎをされるので、図書館に行くふりをしてこっそりと心臓の権威であるトレント医師の病院へ行くことにしました。検査の結果は、手紙で受け取ることになりました。その手紙をこっそり受け取ったヴァランシーは、激しい衝撃を受けます。手紙には、ヴァランシーの心臓は手がつけようのないくらい悪化しており、生きられるのは長くて1年だろうと書かれていたのです。

ヴァランシーは、母や親戚の顔色を窺ってオドオドとおびえながら過ごしてきた29年間の人生を思い返し、自分の人生の中に幸せだと思える瞬間は、ただの1秒だってなかったと絶望的に考えます。そして、死ぬ前に「生きた」と思える瞬間を味わいたいと願った彼女は、こんな決意をするのです。

これまで、あたしはずっと、他人を喜ばせようとしてきて、失敗したわ。でも、これからは、自分を喜ばせることにしよう。もう二度と、見せかけのふりはしまい。あたしは、うそや、見せかけや、ごまかしばかりを吸って生きてきたのよ。本当のことを言えるってことは、なんてぜいたくなことなんでしょう! 今までやりたいと思っていたことを全部やるのは無理かもしれないけれど、やりたくないことは、もう一切しないわ。おかあさんがふくれるなら、好きなだけふくれていればいいわ。もう気にするもんですか。「絶望は自由人、希望は奴隷」よ。

L.M.モンゴメリ. 訳 谷口由美子. 『青い城』. 篠崎書林. 2002. p,65

そんな決意をした瞬間から、ヴァランシーは覚醒していきます。

人生を切り拓く

手を繋ぐ男女の手元

やりたくないことは一切しないと決意したその瞬間から、ヴァランシーは母の言いつけに次々とそむき、母がどんなに怒っても気にせずに、自由に図書館に行くようになりました。
そして、酔っ払いのがなりやアベルと知り合いになります。がなりやアベルみたいな酔っ払いと知り合いになったことを、母や親戚は烈火のごとく怒りますが、ヴァランシーは気にしません。それどころか、彼が家政婦を探していると聞いた彼女は、住み込みの家政婦をするために家を出ていってしまいます。
彼女は、そこでお給料をもらって綺麗な服を買ったり、がなりやアベルの娘と親友になったりして、自由を思いきり楽しみます。そしてまた、がなりやアベルの家に頻繁に出入りしているバーニイ・スネイスという悪評高い男と出会い、彼に恋をし、結婚もします。そして、バーニイの住んでいる素晴らしい島に移り住み、幸せいっぱいな毎日を送ります。

夜更けまで起きていて、好きなだけ月を見ていられるなんて、信じがたいほどすてきだった。自分の都合で食事に遅れてもかまわないなんて。1分でも遅れれば、必ず母親にきつくしかられ、いとこのスティックルズにはとがめられていたヴァランシーだった。食事を好きなだけゆっくり食べていられるなんて。食べたくなかったらパンの外皮を残してもいいなんて。食事のためにわざわざ家へ帰ることもないなんて。そうしたければ日光で暖まった岩に座り、はだしで熱い砂をかきまわしてもいいなんて。美しい沈黙の中で、ただ座って、何もしないでもいいなんて。つまり、その気になったら、どんなばかげたことをしてもいいのだ。

L.M.モンゴメリ. 訳 谷口由美子. 『青い城』. 篠崎書林. 2002. p,215

自由で素晴らしい時間を持てるようになったヴァランシーは、服や髪型も自分好みなものに変えて、周囲が見違えるほど素晴らしく変わっていきます。

そんな彼女が、宣告された1年間を生きることができたのかということなどは、ぜひ本で読んでいただきたいと思います。
そろそろ、この物語とヨガにどんなつながりがあるのか、考えてみようと思います。

恐れからの自由

繋がれた鎖をちぎるてのシルエット

母や親戚、周囲の目を恐れてオドオドと生きていた頃のヴァランシーは、自分のやりたいことが一つもできませんでした。けれども死を宣告された時、残り少ない人生を母や親戚の目を恐れてオドオド生きるなんてバカバカしいと、急に開き直ってしまいます。
母を怒らせたらいけないとか、お金持ちのおじさんのご機嫌を取らなくてはダメだとか、ヴァランシーは、数えきれないほど大量の縛りでがんじがらめになっていました。けれども、人生は有限だと悟った途端、そのたくさんの縛りを自分から断ち切る決心をしたのです。

縛りから解放されることは、とても大切だとヨガでも言われています。がんじがらめに縛られてしまっていると、どうしても視野が狭くなってしまうものです。

ヴァランシーの場合は、母を怒らせては生きていけないとか、親戚のおじさんのご機嫌を損ねたらみじめな生き方しかできなくなると思いこんでしまい、それ以外のことは何も考えられなくなってしまっていました。でも、縛りから自由になったとたん、何をあんなにおびえていたんだろうと、ヴァランシーは我ながらバカバカしくなります。
母や親戚の手を借りなくても、彼女は自分の力で稼ぎ、自分の好きな人と交流して生きていくことができました。がんじがらめに縛られていた時にはそんなことはとても考えられなかったのですが、縛りから自由になったとたん、好きな服を買って、好きな髪型にし、好きな時に好きな物を食べ、好きなものを見たり読んだりして、人生を豊かにすることができたのです。
そして、自分の人生を歩むにつれ、自分はみっともないと思いこんでいたコンプレックスや、いつも引け目を感じていた美しい従姉妹へのねたみなどからも自由になり、どんどん強く、美しく、頼もしく成長していきます。

縛りから一つ一つ自由になって、どんどん素晴らしい変化を遂げるヴァランシーには、パタンジャリも拍手を送るのではないでしょうか。

最初はオドオドと弱気だったヴァランシーが、母や意地悪な親戚にも平気で立ち向かい、どんどんたくましく、強く、幸せになっていく様子は、読んでいて胸がスカッとして清々しい気持ちになります。
『赤毛のアン』が有名なモンゴメリですが、彼女の他の作品も素敵なものばかりですので、ぜひ、いろいろな作品を手に取って楽しんでいただけたらと思います!

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