林の中に立つ一軒の家

西の魔女が死んだ~確固たるブレない自分~

皆さん、こんにちは。丘紫真璃です。
今回は、『西の魔女が死んだ』をご紹介したいと思います。

数々の名作を発表し、今も精力的に活躍している梨木果歩さんのデビュー作です。

『西の魔女が死んだ』は、中学生の女の子が主人公の日本の小説ですが、イギリス人のおばあちゃんが出てくるせいか、作品全体に漂う雰囲気が、どこかイギリスの香りを感じさせます。

学校に行けなくなった中学生の女の子が、おばあちゃんの家で過ごすという地に足がついた現実の物語の中に、魔女といった要素をごく自然に溶け込ませているのは、さすがとしか言いようがありません。

今回は、そんな『西の魔女が死んだ』と、ヨガとのつながりを考えていきたいと思います。

梨木果歩さんのデビュー作『西の魔女が死んだ』

1994年に単行本として発表された梨木果歩さんのデビュー作です。

日本児童文学者協会新人賞、新美南吉児童文学賞、第44回小学館文学賞といった数多くの賞を受賞している名作で、2001年には文庫本化もされています。

2008年には実写映画が公開され、人気を博しました。

西の魔女が死んだ

女性が草原で仰向けになって本を読む様子

この作品の冒頭は次のように始まります。

西の魔女が死んだ。4時間目の理科の授業が始まろうとしているときだった。まいは事務のおねえさんに呼ばれ、すぐお母さんが迎えに来るから、帰る準備をして校門のところで待っているようにと言われた。何かが起ったのだ。

(『西の魔女が死んだ』)

非常に気になる出だしですよね。西の魔女が死んだという最初の一言が、グッと読者の興味を引っ張ります。

この西の魔女というのは、主人公の加納まいのおばあちゃんのことです。

まいのママのママにあたるイギリスの人です。

このイギリス人のおばあちゃんが心臓発作で突然倒れて亡くなってしまったので、まいは、ママの運転する車に乗って、車で6時間かかるおばあちゃんの家へ向かいます。

その道中、まいは、2年前、まいがおばあちゃんの家で1カ月あまり過ごした時のことを鮮やかに思い出します。

おばあちゃんの家で過ごした後から、まいとママは、おばあちゃんのことを西の魔女と呼ぶようになったのでした。

学校へ行けなくなって

林の中に立つ煉瓦色の壁の一軒の家

物語は2年前に遡ります。

2年前の5月、まいは中学校に入ったばかりでした。

季節の変わり目の喘息で学校を休んでいたまいですが、喘息が治ってからも全く学校に行く気になれませんでした。

学校と考えただけで息が詰まりそうになってしまうのです。

困ったママは、まいを、田舎に住んでいるイギリス人のおばあちゃんの家に預けようと決めます。

おばあちゃんの家なら空気が良くて喘息に良いし、まいものんびりできるだろうからというのです。

まいは、おばあちゃんが大好きだったので嬉しくなります。

まいは、小さいころからおばあちゃんが大好きだった。実際、「おばあちゃん、大好き」と、事あるごとに連発した。パパにもママにもそんなことは照れくさくて言えない。おばあちゃんが外国の人で、そのことでかえってストレートに感情を表現できるのかもしれなかった。そういうとき、おばあちゃんはいつも微笑んで、
「アイ・ノウ」
知っていますよ、と応えるのだった。そのパターン化されたやりとりは、仲間同士の秘密の合い言葉のようだった。
(『西の魔女が死んだ』)

そんなわけで、まいはイギリス人のおばあちゃんの家で暮らし始めます。

まいのおばあちゃんは、林や山がすぐそばにあるという環境に住んでいて、裏庭でハーブを育てて畑を作り、手作りジャムを作ったり、たらいで洗濯したり、箒とちりとりとぞうきんで掃除をしたりといった素朴で自然な暮らしをしている人でした。

まいは、そんなおばあちゃんとの暮らしで癒されます。

まいはそこに座り、遠くの薄青に輝く山を見つめた。風がすぐ下の栗の木の若葉をそよがせてゆき、遠くでホトトギスが「テッペンカケタカ」と、山々にこだまさせていた。
 何だか、ついこの間まで、あの狭い教室の重く煮詰まったような人間関係に身動きもとれないような気がしていたのが嘘のようだ。
(『西の魔女が死んだ』)

そんなある日、おばあちゃんは、まいに「魔女って知っていますか?」とたずねます。

魔女なんて本当にはいないでしょうと言うまいに、おばあちゃんはこう言います。

「(大昔の)人々は皆、先祖から語り伝えられてきた知恵や知識を頼りに生活していたんです。身体を癒す草木に対する知識や、荒々しい自然と共存する知恵。予想される困難をかわしたり、耐え抜く力。そういうものを、昔の人は今の時代の人々よりもはるかに豊富に持っていたんですね。でも、その中でもとりわけそういう知識に詳しい人たちが出てきました。
人々はそういう人たちのところへ、医者を頼る患者のように、教祖の元へ集う信者のように、師の元へ教わりに行く生徒のように、訪ねて行ったのです。そのうちに、そういうある特殊な人たちの持っているものは、親から子へ、子から孫へ自然と伝えられるようになりました。知恵や知識だけでなく、ある特殊な能力もね」
(『西の魔女が死んだ』)

そして、おばあちゃんのおばあちゃんが、そういった魔女の血を引いており、予知能力や透視という能力を持っていたということを話します。

それを聞いたまいはこう思います。

わたしにだって魔女の血が流れていることになる。ということはわたしにもこれから先、超能力が出てくるかもしれないってことだ。ちょっと怖いような気がするけれど、もし、そうなったら、もう学校のことでこんなにつらい思いをしなくてすむんじゃないだろうか。すいすいと、まるで水の中を泳ぐ魚のように様々な障害を避けながら、スムーズに生きていけるようになるんじゃないかしら。
(『西の魔女が死んだ』)

そこで、まいはおばあちゃんのもとで、魔女修行をはじめることに決めます。

魔女修行

祖母と孫が畑で目を見合わせて笑顔で立つ様子

魔女修行で、まず肝心なことは精神力を鍛えることだとおばあちゃんは言います。

超能力とは精神世界の産物だから、魔法や奇跡を起こすには精神力が強くないとダメだと言うのです。

といっても、魔女に必要な精神力とは根性のようなものではありません。どちらかというと、意志の力です。

自分で決める力、自分で決めたことをやり遂げる力が、魔女にとってとても大事なんだとおばあちゃんは言い、こう続けます。

「いちばん大事なことは自分で見ようとしたり、聞こうとする意志の力ですよ。自分で見ようともしないのに何かが見えたり、聞こえたりするのはとても危険ですし、不快なことですし、一流の魔女にあるまじきことです。(略)
よく訓練された魔女にはそういうことはありません。見たいと思うものが見えるし、聴きたいと思うことが聞こえる。物事の流れに沿った正しい願いが光となって実現していく。それは素晴らしい力です」
(『西の魔女が死んだ』)

それがどういうことなのか、まいにはハッキリわからなかったのですが、ある時、おばあちゃんの飼っている鶏がイタチか何かにやられて殺されてしまっている様子を見てしまいます。

激しく動揺したまいは、大好きな林を歩いていても、木立のざわめきが不気味なこんな言葉をささやいているように聞こえてきてしまいました。

「―ゆうべの、ゆうべの、あの惨劇。
 ―闇を切り裂く断末魔。
 ―ああ、厭わしい、厭わしい。
 ―肉を持つ身は厭わしい」
(『西の魔女が死んだ』)

恐ろしくなったまいは、あわてて家に逃げ帰り、おばあちゃんにそのことを話します。
すると、おばあちゃんは言いました。

「何でもありませんよ。まいは今日はだいぶ動揺していましたからね。そんなことは気にしないことです。無視するんです。(略)上等の魔女は外からの刺激には決して動揺しません」
(『西の魔女』)

それにしても、こうした数々のおばあちゃんによる魔女の心得は、まるでヨガの心得のようだと思いませんか。

意志の力や、自分で決める力は、ヨガにおいてもとても大切なものだと語られています。

『ヨガ・スートラ』には、師の教えを鵜呑みにするのではなく、まず、教えられたことが本当に正しいのかどうか自分自身でよく考えて実行することが重要だと書いてあり、信じてよいものは自分自身だけであるとハッキリ書いてあります。

ですから、ヨギーの修行では、自分の心と身体の声を聞き、自分自身を知り、自分自身の尺度と価値観を持って、周りの環境に左右されないブレない自分を作り上げていくことが、とても大切になってくるのです。

自分が見たいものだけを見、聞きたいものだけを聞いて、見たくないものや聞きたくないものは無視しなさいという教えも、ヨガの教えと同じです。

『ヨガ・スートラ』にも、自分の心を乱すようなものは無視して、そういうものからは遠ざかりなさいと書いてあります。

見たいものだけを見、聞きたいものだけを聞いて、見たくないものや聞きたくないものを無視するということは、自分自身の強い意志で、自分自身が望む世界を作りあげていくということではないでしょうか。

自分が本当に心から願ったものを見たり聞いたりし、見たくないものを完全に無視することは、とても難しいことです。

それを実現するためには、決してブレない確固たる自分自身を確立させることが大切になってくるでしょう。

そして、それは魔女やヨギーではない私達にも大切な力と言えるのではないでしょうか。

学校での人間関係で傷つき、学校に行けなくなってしまったまいが、魔女の心得をおばあちゃんから教わったことでどのように成長していったのか。

おばあちゃんの死を前に、まいがどのようなことを感じて思ったのかということまでは、ここではとても書けませんが、ぜひ、実際に本を手に取って読んでみて下さい。

『西の魔女が死んだ』は題名を聞いただけでは、ちょっと恐ろしい物語といった感じもしますよね。

ところが、実際に読みはじめ、ラストまで読んでみると、読後に残るのはとても暖かい光です。

まだ読んだことがなかったという方はぜひ読んでみて下さい。

『西の魔女が死んだ』の後のまいの物語『渡りの一日』も合わせて楽しむと、また新しい発見ができると思います。

  1. 『西の魔女が死んだ(平成13年)』著 梨木香歩(新潮文庫)http://『西の魔女が死んだ(平成13年)』著 梨木香歩(新潮文庫)