丘を走る青年

「一瞬の風になれ」~真のスポーツマンとは真のヨギー~

こんにちは!丘紫真璃です。今回は、青春の風をみなさんと感じようということで、佐藤多佳子の「一瞬の風になれ」を取り上げたいと思います。

2006年から講談社より書き下ろしで刊行が開始。全三部に渡る長編小説で、2007年の本屋大賞、吉川英治文学新人賞を受賞しました。ああ、一回読んだことがある!と思い当たる方も多いのではないでしょうか。

人生の中のほんの一瞬の貴重な青春時代をもう一度味わうことのできる名作で、陸上部にかける男子高校生のすがすがしい青春を追体験したいという方に超オススメ。そんな「一瞬の風になれ」とヨガの関係を、皆さんと共に考えてみたいと思います。

四年間かけて取材をして描いた「一瞬の風になれ」

陸上トラックを走る若者たち
佐藤多佳子さんは今も現役の日本の代表的な作家先生のお一人で、児童文学から一般小説まで様々なジャンルで活躍されています。

そんな佐藤多佳子さんが2006年から書き下ろしたのが、「一瞬の風になれ」。陸上にかける男子高校生を主人公に、陸上部での三年間の様子を鮮やかに描ききりました。

この小説のモデルとなったのは、神奈川県立麻溝台高等学校の陸上部で、佐藤多佳子さんは何と4年間かけてじっくり取材をなさってこの小説を書きました。

この作品を原作とした漫画も刊行されているほか、ラジオドラマや、テレビドラマなどにもなりました。読んだ後に青春の風が心の中を吹き渡っていくようなすがすがしい気持ちになれる名作です。

スポーツで達する境地は瞑想に近い?

主人公は神谷新二という1人の少年。物語は、新二の中学の終わりごろからはじまります。サッカークラブに所属して、サッカーの練習に明け暮れる毎日です。

新二がサッカーをしている何よりも大きな理由は、兄の健ちゃん。実の弟である新二から見てもカッコイイ兄は、天才的なサッカー選手として幼いころから注目を集めてきました。

しかし、兄の能力に追いつけない自分に限界を感じ、天才的なショートスプリンターであった幼馴染の蓮に触発されて、新二は陸上部に入ります。蓮との圧倒的な差を感じながらも好成績を残し、400メートルリレーのメンバーに選ばれた新二。

ところが、天才的な兄と天才的な幼馴染を持ったおかげで、とにかく、自分に自信がない新二は、リレーのメンバーに選ばれても全く自信が持てず、自分はまだまだといつも自分に不安です。

そして、県総体の前日は緊張のあまりほとんど眠れなかった上、お腹をこわしてしまい、トイレットマン神谷と化してしまいます。

まわりの選手たちを見る。みんな、落ちつきはらってるように見える。ぴょんぴょんジャンプしたり、付き添いとしゃべってたり…。経験値高そうな奴ばっかだ。(略)

やべえ。ストレッチだ。なんだ、この身体のかたさは。尋常じゃない。さびた自転車みたいにギイギイ鳴りそうだ。浦木さんが肩をもんでくれる。何かしゃべっているけど、言葉が耳に入ってこない。五感が不自由だ。

ー『一瞬の風になれ』より

あがり症で自信不足。そんな時、ある事件をきっかけに新二は自分の身体と向き合うようになります。

どんなにうらやんでも他人にはなれないけれど、自分の身体は鍛え方次第でどんどん良くしていけるし、走り方次第で、その身体の力を100パーセント出し切ることができるんだ…

そう悟った新二は、自分のフォームを徹底的に見直し、タイムを伸ばしていきます。そして、最終的には自分の前にあるレーンだけが光り輝いて見えるような感覚になりました。

俺のレーン。5レーン。俺の道。俺の行く道。俺の走る道。まっすぐな道。100m。スプリントの夢の道。赤いタータンの走路が、午後の日差しに光って見えた。俺の走る一本のレーンだけが、そこだけ俺には光って見えた。まっすぐに、まぶしく、胸に突き刺さるほど美しく。すべてを忘れた。あの光る一本の赤い走路しか見えない。

ー『一瞬の風になれ』より

自分のレーンだけを見つめる

陸上トラック
新二が最後に達したこの感覚こそ、ヨギーの目指すものだと言っていいのではないでしょうか。

サマディーに到達するために行う瞑想。

瞑想とは集中することだと「ヨガ・スートラ」にも書いているわけですが、まわりを気にせず、自分というものに集中しきった時、新二は、一本の光る赤い走路が見えたわけですよね。そこまで集中した時初めて、新二は自分の全力を出し切って走ることができたのです。

そのことを思う時、真のスポーツの戦いとは、いかに瞑想状態に入りきるかということにかかってくるんだということがわかりますよね。

まわりと比べず、自分の心と身体だけにしっかりと向き合うことが、ヨガの正しい姿勢なのだとしたら、真のスポーツマンとは、真のヨギーのことだといえるのでしょう。

「一瞬の風になれ」の三部作を読み終えた時、陸上に捧げる高校生活をそのまんま味わったかのような錯覚に陥ります。それだけに、コロナ禍の中、活躍の場を失った全国のリアル新二たちは、どんなに悔しい思いをしただろうかと胸が苦しいような気持ちにもなります。

そんなリアル新二たちにかける言葉なんて、私にあるわけがありません。けれども、真摯な気持ちで自分と向き合い出した新二は思います。

事故、怪我、病気、天災、何があるかわからない。明日、自分が絶対に練習をやれるなんて保証はどこにもない。(中略)

自分が元気なのは、たまたま…なんだ。

ー『一瞬の風になれ』より

だからこそ、新二は一本、一本、目の前のレーンを全力で駆け抜けます。
コロナで次々と活躍の場を失った全国の若き選手たちも、赤いレーンを走ることができる貴重さを嫌というほど思い知らされたことでしょう。

そんな彼らが何の心配もなく、光る一本の赤いレーンを駆け抜けることができる日が一刻も早く来ますようにと願うばかりです。

参考資料

  1. 『一瞬の風になれ 第一部―イチニツイテー(2009年)』佐藤多佳子著(講談社)
  2. 『一瞬の風になれ 第二部―ヨウイー(2009年)』佐藤多佳子著(講談社)
  3. 『一瞬の風になれ 第三部―ドンー(2009年)』佐藤多佳子著(講談社)

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