Masami*Willowのマクロビンディ紀行(マクロビオティック+インド食事情) Vol.10

マクロビンディインド紀行・
『Rishikeshi Last day 生きることとヨガ』

5月から滞在させていただいていたインド・リシケシ。
実は今日この地を去ります。

インド滞在の期間をほとんどリシケシで過ごさせていただきましたが、この土地はたくさんの出会い、気づき、学びを与えてくださり、すべてを受け入れてくれたように感じてなりません。

来た直後から、帰る間際までたくさんの方と出会い、多くの気付きやきっかけもいただきました。
また別れのせつなさ、さびしさもたくさん経験せざるを得なかったのですが、別れのあとにはすぐに新しい出会いがあり、人々との出会いからエネルギーの循環を体感しました。

「手放してできたスペースには新しいもの流れ込んでくる。」

「この世の中に不変のものはない。
すべては移り変わる。
この世の中において唯一変わらないことは変化し続けるということ。」

これはマクロビオティックを通じ学んでいた九星気学の中から学んだ言葉なのですが、
これを短期間の間で実体験を通じ学ばせていただいた数カ月でした。

起こる出来事は必ずしもうれしい、楽しい出来事ばかりではありませんでした。
しかし、正直しんどい出来事から学ぶことの方が多く、今振り返るとそういったことの方が鮮明に覚えており今はその出来事に大変感謝しています。
またその出来事のおかげで必要な流れに自動的に流れていったり・・・

ヴィッパサナー瞑想でも学びましたが、出来事を拒否したり嫌悪したり、あるいは渇望するのではなくただただあるがままを見つめ受け入れる。

受け入れた後は必要なものは必要なタイミングでやってくるものなのだと感じました。

これは個人的な意見なのですが、インドの方々は生まれてきた時点で自分の人生を受け入れているように感じてなりません。
この国の文化は私たちの国のように決してすべてが自由ではありません。
しかし、彼らの目は輝き生命力に満ちています。
それは彼らが自分の生きる道を受け入れているからではないでしょうか・・・
これはカルマヨガとも言えます。

また多くの人がヒンディー教徒で、多くの神を信仰していますが、その神にやたら祈ったりすがったりするのではなく、今もなお日常でPujaや日々の生活でマントラをチャンティングするなどして常に神の名を唱え続けています。
彼らにとって神は非日常ではなく、日常です。
またすべての出来事は神が与えてくださることで、それをただそのまま受け入れて生きていると話してくれる人もいました。
神と共に生き、自分の中の神に気付きそれを信じている人が多いのでは・・・と感じてなりません。(決してすべての人ではないのですが、出会った人にそういった方々が多かったです)
これはバクティヨガとも言えます。

インドの人々のすべてがヨガのアーサナをしているわけではなく、一部の人だけがアーサナのプラクティスをしています。
しかし、プラーナヤーマを日常で実践していたり、上記のように生きていることがヨガの実践になっています。

気負ってヨガのアーサナのプラクティスをすることを否定するわけではありません。もちろんそれも身体と心をつなぐ大切な架け橋。必要なことだと思います。
しかし、このように日常の中にヨガを実践していくことができれば、生きていくことはもっと自然に穏やかに導かれ多くのことに幸せを感じることのできる生き方ができるのではないかと思います

リシケシで学ばせていただいた多くの美しい気付きや学び、
「生きることのヨガ」
これをまた多くの人とシェアし、心地よい空気を創造していく・・・
そんな穏やかな生き方をしていきたいと思わせてくれるステキな滞在時間でした。

これからしばらくは滞在記ではなくマクロビンディレシピを中心に、インドの食事情などまたお伝えさせていただきたいと思います。



 

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