多くの種類の動物が集まっている様子

『動物会議』で考える~世界はきっと良くなると信じるということ~

みなさん、こんにちは。丘紫真璃です。
今回は、エーリヒ・ケストナーの『動物会議』を取り上げたいと思います。
このコラムでは、以前にもケストナーの作品である『ふたりのロッテ』『飛ぶ教室』を紹介いたしました。今回紹介する『動物会議』は、楽しい動物たちの様子の中に、ケストナーの人間への怒りと平和への思いがひしひしと伝わってくる名作です。
そんな『動物会議』とヨガのつながりについて、みなさんと考えていきたいと思います。

戦争で苦しんだケストナーが生んだ『動物会議』

戦時中の軍服を着た兵士の手元

エーリヒ・ケストナーは、1899年にドイツのドレスデンで生まれました。生活は苦しかったようで、ケストナーのお母さんは小さな家で間貸しをして生活費の足しにしていたといいます。部屋を借りる人は、大抵が小学校の先生だったそうです。ケストナーは、その先生たちの影響で、書物に生きる人になろうと決心します。
貧しいながら、勉強をしたいという志に燃えたケストナーを、お母さんは応援してくれました。ケストナーは、お金に苦労しつつも、ライプチヒ大学を卒業。卒業後は、芝居の批評や詩などを次々に書いて、文筆家として次第に有名になっていきます。

ケストナーが世界的に有名になったのは、1929年に発表した子ども向けの本『エーミールと探偵たち』以降です。この本で世界的な人気作家になったケストナーですが、ドイツは次第にナチスが支配するようになり、ケストナーをはじめ、自由主義者の作家たちは本の出版を禁止されてしまいます。
ナチスに味方をするようなことを書かなかったケストナーは、2度も秘密国家警察につかまって取り調べを受けるなどの苦労を重ねました。友人たちはケストナーに、アメリカかスイスに逃げるようにすすめたらしいのですが、年を取った両親がドイツにいたために、ケストナーは、ギリギリまでドイツに踏みとどまります。

辛い戦争がようやく終わったころ、ケストナーはめざましい文筆活動を開始し、『動物会議』を書き上げます。1949年に出版されたこの本は、人間に世界を任せておくことはできないと怒って動物たちが立ち上がるという物語で、戦争に苦しんだケストナーの平和への思いがあふれた作品です。

動物たちが立ち上がる

岩場に集まるライオンとキリンとぞう

それでは、物語を見てみましょう。冒頭は、こんな文章ではじまります。

ある日、動物たちはもう、がまんできなくなりました。

エーリヒ・ケストナー. 訳 高橋健二. 『動物会議』. 岩波書店.1988. p,7

物語は、北アフリカのチャド湖で、ゾウのオスカールと、ライオンのアイロスと、キリンのレオポルトが集まって、水を飲みながら語り合っている場面からはじまります。3匹は、人間が戦争を起こしては世界をめちゃくちゃにしてしまうことを怒ったり、悲しんだりしているのです。
ゾウのオスカールは、こんな風に言います。

「ぼくはただ人間どもの子どもたちが気のどくなんだよ」
と、象のオスカールはいって、耳をたれました。
「あんなにかわいい子どもたちなのに! いつも子どもたちは、戦争だ、革命だ、ストライキだと、ひどいめにあうんだ。それなのに、おとなたちは、何ごとも、子どもたちが将来しあわせになるためにやったんだ、なんていうんだ。ずうずうしい話じゃないか」

エーリヒ・ケストナー. 訳 高橋健二. 『動物会議』. 岩波書店.1988. p,9

ライオンは、第二次世界大戦の空襲のせいで、サーカスにいた親戚のライオンのたてがみが燃えてしまったことを怒りながら語り、こう言います。

「あのばかものめら!」と、彼はうなりました。
「しょうこりもなく、戦争をくりかえさずにいられないんだ。そして、なんでもぶっこわしては、絶望して自分の髪をかきむしっている!」

エーリヒ・ケストナー. 訳 高橋健二. 『動物会議』. 岩波書店.1988. p,10-11

そんな話をしながら、ゾウのオスカールがあることを思いつきます。
それは、人間どもはたえず会議をやっているけれども、さっぱり世界をよくすることができないから、われわれ動物たちが会議をひらいて、世界をよいところにしようということでした。
動物たちはそれに賛成し、全動物の代表が、動物ビルに集まることに決定します。
世界中の動物から動物に、その知らせが瞬く間にいきわたり、世界のあちこちから大勢の動物たちが集まって来る様子はとても楽しいので、ぜひ読んでいただきたいと思います。

そして、いよいよ、動物ビルに集まった動物たちは、会議を開くことになります。

動物たちは人間と戦う

手でばつ印を作るスーツを着た初老の男性

南アフリカのケープタウンで、国家の代表や大統領、首相やその顧問などによって、87回目の会議が開かれている頃、動物ビルでは第1回目の動物会議が幕を開けました。
動物たちは一致団結して、ケープタウンで会議をしている人間の首相たちにある要求をします。それは、

  • 国境のくいや、見張りを全て取り除いて、国境をなくすこと。
  • 軍隊、鉄砲、爆弾はすべてなくし、戦争を行わないこと。

などでした。

しかし、人間の首相たちはこの要求を拒否します。
そこで、動物たちは知恵をしぼり、様々な愉快な作戦で、人間の首相たちと戦います。動物たちが協力し合いながら、お偉い方々をやっつける様子はとても痛快なので、ぜひ、読んでいただきたいと思います。

とにかく、様々な面白い作戦にさんざんやっつけられた人間のお偉い方々は、最後には降参して、動物の要求を受け入れざるをえなくなりました。
国境はなくなり、爆弾などもすべてなくなり、戦争も二度と行われないことになったのです!

国境なんてなくしてしまえ

両腕を広げて鎖をちぎって空を仰ぐ男性

戦争は本当に愚かなものです。『ヨガ・スートラ』にも、暴力ははっきりと禁止されています。暴力を行うと、必ず悲惨な結果になると書かれているのです。直接的に暴力をふるうことはもちろんのこと、暴力を容認することも決していけないと書かれています。
だから、言うまでもないことですが、ヨガの教え的には、戦争は絶対にしてはいけないことなのです。それは、悲惨さを生んでしまうだけなのですから。

悲惨さしか生まない戦争を、飽きもせずに繰り返す人間に嫌気がした動物たちは、一致団結して立ち上がり、戦争をやめさせるために戦います。
そのために、動物たちは人間に、国境をなくすようにという大担な要求を突きつけました。
国境をなくすなんて大担すぎて驚いてしまいますが、よくよく考えてみたら、なぜ、国境というものは必要なのでしょうか。
国境なんてものが最初からなければ、違う国同士の争いなんて起るはずがありません。

ヨガでは縛りから自由になることが大切だと言われていますが、国境はなくてはならないものだという縛りから自由になってみることも、大切なのかもしれません。

そもそも、ヨガ的な考え方をしていれば、争いなどは起こるはずもないのです。
というのは、ヨガでは、私とあなた、ゾウ、ライオン、キリン、全ての動物たち、全ての植物、全ての鉱物は同じプルシャだと考えられているからです。
私や、あなたや、ゾウや、ライオンや、キリンなどは、見た目は違いますが、そんな違いは上っ面だけで、芯の部分は全て同じプルシャなのだと考えられているのです。
ですから、皮膚の色の違いや、言語や宗教の違いで戦争を起こすことはおかしなことなのです。そのような違いは上っ面で、芯の部分はみんな同じプルシャなのですから。

自分の国の領地を広げるために、相手の国を傷つけて侵略することもバカバカしい話です。
ヨガ的には、自分と相手に違いはないと考えるわけですから、相手を傷つけるということは、自分を傷つけることと同じことになるわけです。そんなことはバカバカしいですよね。
しかし、私たちの生きる現実世界では、戦争は一向になくなる気配はありません。ロシアとウクライナの戦争は長期化し、イスラエルはイランを攻撃し、世界の悲惨さはどんどんひどくなっているように感じます。
トランプ大統領はアメリカ第一主義を掲げ、お互いに助け合うのではなく、自分たちの国を第一優先にするという考え方で政策を推し進めています。

『動物会議』の理想から、現実世界はどんどん離れて行ってしまっているように、私には思えてなりません。しかし、『動物会議』のあとがきには、訳者の高橋健二が、このように書いています。

彼(ケストナー)は、悪い時にも絶望せず、世界をよりよく変えることに情熱をそそぎつづけてきました。

エーリヒ・ケストナー. 訳 高橋健二. 『動物会議』. 岩波書店.1988. p,180-181

ケストナーのように、世界はきっと良くなると強く信じて、自分たちにできることを探すしかないのかもしれません。『動物会議』の動物たちがけんめいに自分たちにできることを探して、実行にうつしたように。

ケストナーの作品はどれも、子どもが読んでももちろん楽しいのですが、大人も読まなくてはいけない作品です。ケストナーは、自分の作品は、子どもたちと、かつて子どもたちだった人たちのための本だと言っているそうです。
かつて子どもだった大人のみなさま、ぜひ、『動物会議』も手にとってみて下さい。お子様と読んでみて、いろいろ話すきっかけにするのも良いかもしれないですね。