みなさん、こんにちは。丘紫真璃です。
今回は、第64回講談社児童文学新人賞を受賞した『王様のキャリー』を取り上げたいと思います。
講談社児童文学新人賞を受賞する作品は、いつもとても面白いので、毎年、受賞作が出版されるのを楽しみにしています。このコラムでも、過去の受賞作である『天使で大地はいっぱいだ』や、『ルドルフとイッパイアッテナ』、『ビート・キッズ』など、私の大好きな作品を取り上げて紹介させていただきました。
『王様のキャリー』は、今の時代ならではのeスポーツを題材に扱っています。といっても、私はゲームは全くやったことがないので未知の用語だらけでしたが、それでもとても面白く読めました。
そんなわけで、今回は『王様のキャリー』とヨガの関係を考えていきたいと思います。
審査員の先生方からも高い評価を得た『王様のキャリー』
作者のまひるさんは、2015年に第4回角川つばさ文庫小説賞で金賞を受賞し、2016年につばさ文庫から『らくがき☆ポリス(1)美術の警察官、はじめました』でデビューしています。その後、『らくがき☆ポリス』は人気シリーズとなりました。
2023年に『王様のキャリー』で、第64回講談社児童文学新人賞を受賞。審査員の安東みきえ先生が、
真にフェアな友情関係が何かを問うてくるこの物語を、ぜひ多くの人に読んで頂きたく本賞に推した。
“『コクリコ』第64回講談社児童文学新人賞 選考経過報告”. 講談社. 2023/8/10更新. https://cocreco.kodansha.co.jp/cocreco/general/books/award/jFyPu
とおっしゃっている力作です。
憧れのゲーマーlion

主人公は、中学2年生の野辺勝生。物語は、勝生が腹痛のために受診した病院から始まります。ストレスによる便秘だという診断で薬を処方され、会計を待っている間、勝生はスマホを見ています。勝生が見ているのは、lion(リオン)という上手なゲーマーの動画配信です。
動画には、lionがゲームをしている様子が映し出されていて、lionはゲームをしながら様々なコメントをしていきます。そのコメントが、ものすごく偉そうで自信満々、口調も悪いということで、ネット上で注目を集めていました。けれどもlionは、偉そうに言うだけでなく、ゲームの実力を兼ね備えているため、ファンもついているのです。勝生も、lionのファンの1人でした。
攻守ともに安定した強さがあるのに、時には大胆かつ奇抜な戦法を使い、視聴者を退屈させない。そして、小気味よいと思える絶妙なラインの乱暴な口調。
さながら彼はプロレスの悪役で、大会(ネットで行われるオンラインのゲーム大会)でも一人異彩を放っていた。
有名になった当初は、その態度を揶揄して、lionを『王様』と皮肉で呼ぶ人がいた。
しかし、ここ最近は彼に魅了された視聴者が、尊敬の意を込めて『王様』と慕っている。
勝生も『王様』ファンの一人だ。ショーのような彼のゲームプレイは、見ていて爽快だった。まひる. 『王様のキャリー』. 講談社. 2024. p,7
勝生は、会計を待っていた病院で偶然lionと出会います。リアルに存在したlionは、リオという名前の車いすに乗っている同年代の少年でした。勝生は、リオが車いすに乗っていたことよりも、いつも動画で見ていてファンだった王様であるリオが目の前にいる喜びで、緊張したり舞い上がったりします。
その出会いがきっかけで二人は仲良くなり、勝生はリオの家にゲームをするために遊びに行くようになります。
勝生は、遠慮しがちで思ったことを言えない性格でしたが、思ったことをハッキリと口に出す王様のリオに影響されていきました。自分の意見を言えるようになった勝生は、リオとぶつかり合いながら友情を深めていきます。
ゲームなんてくだらないという縛り

勝生は、リオの家に行ってはゲームをして遊びます。そんな勝生とリオのゲームシーンが、物語の中にたくさん出てくるのです。
私はゲームのことは全く知りません。昔から、ゲームに夢中な兄を見ては、何が面白いんだろうと不思議に思っていました。ゲームはくだらないとか、ゲームばっかりしてはいけないと思い込んでいる大人の方は、とても多いのではないでしょうか。
確かに、ゲームが子どもに悪影響を及ぼす面があることは事実でしょう。けれども、この本を読むと、ゲームはくだらないという一言ですませられないものであることが、ゲームを知らない私にもだんだんわかってきたのです。
たんなる攻撃・防御(ゲームの操作のこと)という行動の中に、音の聴き分け、動体視力、瞬発力に記憶力、たくさんの要素が含まれていることがよくわかる。
上手なプレイヤーは見ているものも、聞いている音も違う。そのうえ、それらの得た情報を組み合わせ、状況判断する思考まで違うのだ。まひる. 『王様のキャリー』. 講談社. 2024. pp,52-53
勝生はリオと一緒にゲームをする中で、真剣に取り組めば取り組むほど、ゲームの奥深さを知っていきます。そして、勝生と共に読者もまた、ゲームの奥深さを知っていくことができるのです。
私はゲームなんてくだらないものだと思いこんでいましたが、この本は、ゲームなんてくだらないという縛りをスルリとほどいて、ゲームの奥深さを垣間見せてくれました。
ヨガの大きな目的の一つは、縛りをとくということです。常識や思い込みといった縛りをといて自由になることが、ヨガの大きな目的なのです。そういったことからも、この本は、読者の縛りをといてくれるヨガ的な体験ができる物語だということができるでしょう。
バリアフリーという言葉の意味を知る

勝生にとって、リオは「車いすに乗った少年」ではありません。勝生がはじめてリオを知ったのは、ネットの世界です。ネットの世界ですから、勝生は、リオが何歳でどんな容姿をしているのかということは全く知りませんでした。知っていたことは、リオがとてつもなくゲームが上手だということ。そして、王様と呼ばれるほど自信満々な口調で話す人物だということ。それだけでした。
その後、勝生は、病院で出会ったことをきっかけに、リオが車いすを使う少年だということを知ります。けれども、勝生にとってリオはすでにゲームの王様というべき憧れの存在でした。リオが車いすに乗っていても、勝生の憧れは変わることはありませんでした。勝生はリオとゲームをして遊べる時間を、毎回ものすごく楽しみにしています。
物語の前半、リオが車いすで不自由にしている様子はほとんど出てきません。勝生も、遠慮もあり、リオに足が不自由な理由さえ聞きません。勝生とリオはゲームの話ばかりし、ゲームばかりして遊んでいます。しかし、物語の後半になると、勝生はリオのリアルな生活の困難さを次々と突きつけられていきます。
リオは、ゲームのリアルな大会にも出場したことがありませんでした。大会の会場まで移動することが、とても大変だからです。また、リオは勝生が学校の友達と遊びにいく「オーモリ」という食堂にも気軽にはいけません。車いす利用者のリオは、段差や階段を上がることがむずかしいからです。
勝生はリオを通して、この世界がどんなにデコボコして生きづらい場所かということを、自分事として知っていきます。
リオの登れない階段。
リオの登れない段差。
リオの行けない食堂「オーモリ」。
リオが頭を下げて駅員さんに頼まないと乗れない電車やバス。
リオを通してみることで、この世界がどんなにデコボコしてキケンがいっぱいあるかということを、勝生はあらためて、ひしひしとリアルに実感するのです。
リオと出会う前の勝生と同じように、私もこの世界がデコボコしていることをほとんど実感したことはありませんでした。車いす利用者の方はいろいろと不便な思いをしていらっしゃるんだろうなあと漠然と思っていましたが、そのことについて深く考えたことはありませんでした。でも、車いす利用者の方が不便な思いをしなければならないことは仕方がないことだとも思っていたのです。ある意味、私は、車いす利用者の方は不便な思いをするものだという思いこみに縛られていたのです。
でも、車いす利用者の方が不便な思いをしなければいけないこと事態がおかしいということを、勝生とリオが教えてくれました。
車いす利用者の方も普通に歩ける方も、どちらも同じように自由に気持ちよく暮らせる町を作らなければならないということ。
バリアフリーはした方が良いことでなく、当然のようにしなければならないということ。
バリアフリーという言葉の本当の意味を、この本は教えてくれます。
もっと、いろんなことが、こうだったらいいのに、と勝生は思った。
リオが人に手伝ってもらわなくても、頭を下げなくても移動ができる道。
リオのための通路や、リオのための部屋があることを当然だと言ってくれる人々。
なんの心配も不安もなく、勝生とリオが遊びに行ける世界。まひる. 『王様のキャリー』. 講談社. 2024. p.164
勝生とリオは、互いにぶつかりあい、めいめいを縛っていたものから自由になり、一回り大きく成長していきます。縛りから自由になるということは、人を成長させてくれるものなのだということを、この本を読んでいると実感することができます。
ゲームや車いす、バリアフリーといった今の時代に絶対に必要なテーマを詰め込んだ新時代の物語。子どもだけでなく、大人のみなさんにもぜひ、読んで頂きたい1冊です。
ゲームなんて知らないという方も、だまされたと思って読んでみて下さい。きっと、新しい世界がひらけることと思います。