黄色い家の写真と元気なモファットきょうだいのタイトル

『元気なモファットきょうだい』~変わらないものはない~

皆さん、こんにちは!丘紫真璃です。

アメリカの児童文学作家エレナー・エスティスの名作『元気なモファットきょうだい』を取り上げたいと思います。

エレナー・エスティスと聞いてもご存じない方は多いかもしれません。アメリカで最も優れた児童文学の著者に贈られるニューデリー賞を受賞している名作家で、『元気なモファットきょうだい』は、10か国以上で翻訳されています。

モファットきょうだいのイキイキとした子どもらしさが印象的なこの作品は、このコラムに取り上げていることからもわかる通り、ヨガと深くつながっているんです。

どんな点がつながっていくのか、一緒に考えていきましょう!

10カ国以上で翻訳される人気の処女作

著者のエレナー・エスティスはアメリカのコネティカット州に生まれます。

ニューヨークの公共図書館で児童図書館員として勤めたのち、1941年に処女作『元気なモファットきょうだい』を発表。たちまち人気作となり、10カ国以上で翻訳されました。

1952年『ジンジャー・パイ』でニューデリー賞を受賞。その後も次々と児童文学を生み出し、世に送り続けました。

モファット兄弟の物語はシリーズになっており、『ジェーンはまんなかさん』や『すえっ子ルーファス』も人気です。渡辺茂男さんの名訳で3部合わせてお楽しみいただけます。

売り家のはりふだ

売り家の張り札が掲げられた白い家
物語の舞台は、アメリカのニューダラー通りの黄色い家。ここに、モファットファミリーは暮らしています。

ママと15歳のシルビー、12歳のジョーイ、9歳のジェーン、5歳のルーファスという5人家族で、パパはいません。パパはルーファスがほんの赤ちゃんの時に亡くなってしまったのです。

パパが生きていた頃、モファットファミリーは通りの向こうの白い家に暮らしていました。

けれども、5年前にパパが亡くなった時、ママは黄色い家を借り、一家はそこに引っ越してきたのです。

この物語は、主に9歳のジェーンと5歳のルーファスの視点で語られますが、2人ともパパと通りの向こうの白い家に暮らしていた時の記憶はありません。黄色い家こそが、2人にとっては大事な我が家だったのです。

ところが、ある夏の日、大事件が起こります。

ジェーンがお人形のヒルデガルドと家の前の通りで遊んでいると、なんでも屋のバクスターさんがやってきて、ジェーン達が暮らす黄色い家の門に、はりふだを打ちつけ始めたのです。

そのはりふだには、こんな事が書かれていました。

売り家
ご用のかたは、エルム通り101番地
ウィッティ医院まで

自分の家の門に貼られた「売り家」のはりふだを見て、ジェーンは恐ろしさに身震いします。

ジェーンは、ヒルデガルドをしっかりにぎりしめ、「うそよ。うそよ」とはげしくつぶやきました。まあ、どうして、ママがでてきて、ちゃんとしてくれないのかしら? でも、ママにだって、どうにもしようがないことかもしれない! 売り家だって! おそろしいはりふだ! くぎをうっているバクスターさん、ひどいわ、ひどいわ! どんな権利があるっていうの?
(『元気なモファットきょうだい』)

どうやら、黄色い家の家主であるウィッティさんはどうしてもお金が入用で、黄色い家を売ることにしたらしいのです。

うちで買えるといいのにね、とママはため息をつき、子ども達にこう言います。

でも、うちじゃ、買えないんですものね。しかたがないわ。いまじぶん、すぐ家を買ったりできる人は、たくさんはいないでしょう。だから、ウィッティさんが、ほんとに、この家をだれかに売るまでは、あのはりふだのことなんか、わすれることにしましょう
(『元気なモファットきょうだい』)

その日から、モファットファミリーは、「売り家」のはりふだがついた家で暮らすことになります。

売り家で暮らすモファットファミリー

手のひらに乗った白い家の模型の写真
その後、物語は、ジェーンやルーファスを主人公とした様々な楽しいエピソードが次々に語られていき、「売り家」のはりふだのことなんて忘れてしまったかのように、いつも通りの毎日を過ごすモファットファミリーの暮らしが描かれます。

けれども、一家は決して「売り家」のはりふだのことを忘れてしまったわけではありません。

ジェーンは時々「売り家」のはりふだに泥をぶつけますし、ジョーイは「売り家」の売るという字をペンで消してしまったりします。

ルーファスが猩紅熱※1にかかってしまった時、黄色い家には「売り家」のはりふだの他に、「猩紅熱」のはりふだも打ち付けられてしまったのですが、その時ママはルーファスの病気の心配をしながらも、小さく笑ってこういうのです。

「すくなくとも、しばらくのあいだ、出ていくことはかんがえなくてもいいわね。玄関にしょうこう熱のはりふだがでているあいだは、だれだって、黄色い家を買おうなんて思わないものね」
(『元気なモファットきょうだい』)

しかし、夏から冬になり、そして春になる頃に、黄色い家は買われてしまいます。

一家はいよいよ、新しい家に引っ越さなければならなくなったのです。

ママは近所に新しい家を見つけてそこに引っ越すことに決めましたが、ママ自身、その家のことが気に入りませんし、子ども達も気に入りません。

それでも引っ越しの日は来てしまい、のどに大きなかたまりがつまって泣き出したいような気持ちになりながら、ジェーンは、新しく引っ越す家を1人で見に行ってみます。

そして、やっぱり気に入らないなと憂鬱になってしまうのですが、ふっと思いついて、からだを前に曲げて、2本の足の間から小さな新しい家を見てみます。

ちいさな家は、絵はがきの家のようにかわいらしく見えました
(『元気なモファットきょうだい』)

さらに庭の方へ回ってみると、素敵な発見をします。となりの家に、ジェーンと同じ年の金髪の女の子が住んでいたのです。

その女の子はジェーンに気軽に話しかけ、親友になれたらいいわねと言ってくれます。

その言葉を聞いたとたん、今まで友達のいなかったジェーンは幸福な気持ちになり、うれしくてゾクゾクしてしまうのです。

そして、いよいよ引っ越しの日。子どもたちは、黄色い家に手をふって、荷物をつんだ馬車に乗り込みました。

また、かたまりが、のどにこみあげてきました。でも、だれも泣きませんでした。
みんな、かなしかったけれど、興奮もしていました。
ひっこしです!ちがうところへ、うつっていくのです
(『元気なモファットきょうだい』)

こうして、モファットファミリーが新しい小さな家に引っ越していくところで、物語は幕を下ろします。

  • ※1 猩紅熱:しょうこうねつ。発疹を伴う伝染病。子供に多い。

変わらないものはない

歳を重ねた手と、幼児の手を重ねた写真
引っ越しの朝、憂鬱な気持ちでいっぱいになったジェーンは、大好きな家から離れなければならないことを悲しみ、世の中の様々な「変化」について浮かない気持ちで思いめぐらせ、こんな事を思います。

いつかは、わたしも、おばあさんになってしまって、通りをはしったり、電車と競争なんかできなくなるんだわ。バッジおくさんのように、のろのろあるかなくてはいけないんだわ。そんなになったらどうしよう? 男の子たちと、どろぼうごっこもできなくなるなんて! それから、へいの上もあるけないし、あき地で野球もできないんだわ! バッジおくさんやエレンバッハおばあさんや、ニューダラー通りに住んでいるほかのおばあさんたちが、こんなあそびをしているところをかんがえてもごらんなさい!
けれど、いま、モファットの家族が、黄色い家からでていかなければならないように、いつかはこんなたのしいこともやれなくなるときがくるんだわ、と、ジェーンは思いました。
(『元気なモファットきょうだい』)

ジェーンはいずれ成長して大人になり、奥さんになり、そしておばあさんになるでしょう。

いつまでも同じままでいることなんてできません。どんなものだって変わっていくのです。

『ヨガ・スートラ』にも、全ての物は変化すると書かれていますよね。

変わらないものはないのです。

生きていれば変化することばかりです。

入学や卒業、結婚や離婚、大好きな家から引っ越さなければならなかったり、大好きな場所が変わってしまったり、大切な人が亡くなったり…。人間の身体や心だって、今日と明日では違います。

プルシャ以外の一切のものは変わるんです。変わっていくものなんです。いつまでも変わらないものなんてありません。

様々な変化の中で、人は不幸な気持ちになったり、悲しくなったり、つらくなったりすることもあります。

でも、その不幸だったり悲しかったりつらかったりする気持ちもまた変わっていくのです。

黄色い家を引っ越して、新しい小さな家で暮らすことを嫌がっていたジェーンの気持ちが、隣の家の女の子と出会ったことで少し明るく変わったように。

4人の子どものいるシングルマザー家庭のモファットファミリーは、決して裕福ではありません。

けれども、ことさら貧しさが書いてあるわけではなく、この物語を読んで胸に残るのは、ジェーンやルーファスの自然体の子どもらしい楽しさや、家族の愛と絆、子ども達を包み込むママの優しさや暖かさです。

そんなモファットファミリーが新しい小さな家で暖かい幸せを作っていった様子は、続編の「ジェーンのまんなかさん」や、「すえっ子のルーフアス」でお楽しみいただけます。

やりきれないニュースばかりが続く今の世の中だからこそ、親子でぜひ、モファットきょうだいシリーズを読んでみて下さい!

エレナー・エスティス著 渡辺茂男訳『元気なモファットきょうだい』岩波少年文庫(1988年)