くまのプーさんの写真とヨガで文学探訪タイトル

「クマのプーさん」~サットヴァな幼児達が遊ぶ魔法の森~

皆さん、こんにちは。丘紫真璃です。
今回は、A.Aミルンの『クマのプーさん』を取り上げたいと思います。

クマのプーさんは日本中のほとんどの方が、よーく知っていますよね。

クマのプーさんほど有名なぬいぐるみのクマは他にいないと言っていいくらい、世界的にもとても有名なクマさんです。

ですが、多くの方がプーさんと聞いてイメージするのは、ディズニーアニメのプーさんではないでしょうか。

ディズニーアニメのプーさんも、もちろんとても可愛いのですが、原作を読むと、子ども向けの優しい文章でありながら、大人が読んでも味わい深いミルンの名文を、石井桃子さんの名訳で楽しむことができます。

今回は、『クマのプーさん』を、続編の『プー横丁にたった家』も含めて考えていきたいと思います。

それでは!プーの住んでいる魔法の森に飛んでいきましょう。

クリストファー・ロビンのぬいぐるみ達

森の中でくまのぬいぐるみと手をつなぐ男の子
『クマのプーさん』は、1926年にA.Aミルンがイギリスで発表した子ども向けの物語です。

ミルンは、息子のクリストファー・ロビンが持っていたクマのぬいぐるみのプーさんから着想しました。

くまのプーや、コブタのピグレット、ロバのイーヨーなどの作中のキャラクター達は、ほぼ全て、クリストファー・ロビンの持っていたぬいぐるみ達です。

母のダフネは、幼いクリストファー・ロビンを相手に、プーや、ピグレットや、イーヨーのぬいぐるみ達を動かしながら、プー達になりきって遊びました。

そんな母と息子の様子を見ながら、ミルンは『クマのプーさん』という名作を書き上げたのだそうです。

『クマのプーさん』は出版されると瞬く間に大人気になり、世界中の子ども達が大喜びしました。

間違いなく、児童文学史に永遠に残る名作中の名作と言えるでしょう。

父子の会話から始まる物語

部屋の中で本を見ながら話す父と男の子
クマのプーさんの出だしは次のようにはじまります。

そうら、エドワード・クマくんが、2階からおりてきますよ。バタン・バタン、バタン・バタン、頭をはしご段にぶつけながら、クリストファー・ロビンのあとについてね。2階からおりてくるのに、クマくんは、こんなおりかたっきり知らないんです。もっとも、ときには、かんがえることもあるんです。このバタン・バタンをちょっとやめて、かんがえてみることさえできたら、ほんとは、もうひとつ、べつなおりかたがあるはずなんだが……とね。それから、やっぱり、そんなおりかた、ないのかな、とも思ってしまうのです。それは、ともかくとして、ほら、おりてきました。ご紹介しましょう。クマのプーさんです。
(「クマのプーさん」)

ぬいぐるみのプーさんを連れて2階からおりてきたクリストファー・ロビンは、お父さんにお話をしてくれないかとせがみます。

「お話は、どうかな?」と、クリストファー・ロビンが言いました。
「お話がどうしたって?」と、わたしがききました。
「すみませんけど、おとうさん、プーにひとつしてやってくれない?」
「してやろうかな」と、わたしは言いました。「プーは、どんなお話がすきだっけね?」
「じぶんが出てくるお話。プーって、そんなクマなんだよ」
「なるほど」
「だから、すみませんけどね」
「じゃ、やってみようかね」
というようなわけで、わたしはやってみました。
(「クマのプーさん」)

そうして、お父さんであるミルンは、クリストファー・ロビンとぬいぐるみのプーさんに、プーの出てくるお話をしてやります。

ミルンのお話の中のプーさんは、森の中に自分の家を持っていて、そこに住んでいます。

その森には、コブタのピグレットや、ロバのイーヨー、ウサギや、フクロウ、それから、クリストファー・ロビンも住んでいて、それぞれ、自分の家を持っているのです。

森の中で、プーさんとクリストファー・ロビン達は様々な愉快な冒険を繰り広げます。

プーさんは、木の上のミツバチの巣からハチミツを取るために風船で空を飛んだり、ウサギの家を訪問してごちそうを食べたものの、お腹がふくれてしまったために、ウサギ穴にお腹がつっかえて出られなくなってしまい、四苦八苦したり。

ディズニーでもおなじみの愉快なエピソードが、次から次へと語られていきます。

魔法の場所

森の中でくまのぬいぐるみを抱いて座る男の子
『クマのプーさん』から、続編『プー横丁にたった家』まで、愉快なプーの物語は続いていきます。

しかし、『プー横丁にたった家』の最後の章の始まりはこんな風になっています。

クリストファー・ロビンは、いってしまうのです。なぜいってしまうのか、それを知っている者はありません。なぜじぶんが、クリストファー・ロビンのいってしまうことを知っているのか、それを知る者さえ、だれもないのです。けれども、森じゅうの者は、どういうわけか、ひとり残らず、とうとうそういうことになるのだということを知っていました。
(「プー横丁にたった家」)

今まで、プー達が楽しく遊んでいたクリストファー・ロビンがどこかへ行ってしまうというのです。

森の仲間達は集まって、”クリストファー・ロビンはゆかんとす”で始まる詩を作って、クリストファーに捧げます。

その後、1匹2匹と森の仲間達が去ってゆき、クリストファー・ロビンとプーは、2人だけになって、ブラブラと森を歩いていきます。歩きながら、2人は何をするのが好きか話し合い、

クリストファー・ロビンは、こう言います。

「ぼくがいちばんしてたいのは、何もしないでいることさ」
(「プー横丁にたった家」)

2人はそんな話をしながら、森のてっぺんにあるギャレオン凹地と呼ばれている場所までやってきました。

クリストファー・ロビンは、そこが魔法の場所だということを知っていました。(略)すわったかと思うと、すぐに立ちあがって、どこかほかの場所をさがすなどという心配なしに、むぞうさにすわってしまえるのは、森のなかでも、ここだけでした。そして、そこへすわると、全世界が、空と一緒になるところまで、目のまえにひろがっていました。また、世界に何があろうとも、ギャレオン凹地にいれば、世界は、ふたりとともにありました。
(「プー横丁にたった家」)

そこに座って様々なことを語り合った後、クリストファー・ロビンは、プーに言います。

「ぼく、もう何もしないでなんか、いられなくなっちゃったんだ」
(「プー横丁にたった家」)

何もしないではいられなくなったというのは、おそらく、クリストファー・ロビンはこれから、学校に行かなくてはならなくなったということなのでしょう。

クリストファー・ロビンは、これから学校に行き、様々なことを学び、そして、大人になるのです。

大人になっていくクリストファー・ロビンは、もう魔法の森にさよならをしなければならないのです。

「もし、ぼくが……あの、もしぼくがちっとも……」
ここでことばが切れて、クリストファー・ロビンは、また言いなおしました。
「たとえ、どんなことがあっても、プー、きみはわかってくれるね?」
(「プー横丁にたった家」)

クリストファー・ロビンが言おうとしていたのは、これから自分が大人になっていくと自覚と悲しみだったのでしょう。

クリストファー・ロビンが幼児世界と決別し、大人になっていくんだということをにじませながら、物語は幕をおろします。

本当のさよならではありません

森の木の上でくまのぬいぐるみを抱いて座る男の子
クリストファー・ロビンはなぜ、魔法の森からさよならをしなくてはならなかったのでしょう。

それは、クリストファー・ロビンが、これから学校に行ってたくさん勉強をし、そして、大人になっていくからなのです。

どんな子どもだって、いずれは大人になります。学校に行き、勉強をし、いろんなことを学んで大きく育っていきます。

それは避けて通れない道ではあるのですが、いろいろなことを学ぶということはまた、既成概念という縛りに縛られることでもあるのです。

そして、大人になればなるほど、どうしても、常識や決まりといった縛りに縛られていくことは避けて通れないのです。

ですが、たくさんの縛りに縛られている大人は、魔法の森に入っていくことはできません。

魔法の森に遊びにいくことができるのは、まだ何も知らなくて無邪気で自由な幼児達だけなのです。

ヨガでいうサットヴァの心を持った幼児達だけが、魔法の森に遊びに行くことができるのです。

クリストファー・ロビンとプーが、物語のラストで座った魔法の場所は、何も心配しないで座っていられる場所であり、全世界と1つになれる素晴らしい場所です。

それは、ヨギー達のいうプルシャそのものだといっても良い場所であるでしょう。

プルシャに座ることのできるのは、縛りのないサットヴァな幼児達だけなのです。

これから大人になっていくクリストファー・ロビンは、もうここには簡単に来ることはできません。

それでも、クリストファー・ロビンは、最後にプーにこう言います。

「プー、ぼくが……あのねえ……ぼくが、何もしないでなんかいなくなっても、ときどき、きみ、ここへ来てくれる?」
「ぼくだけ?」
「ああ」
「あなたも、ここへ来ますか?」
「ああ、くるよ、ほんとに。プー、ぼく、くるって約束するよ」
「そんならいい」と、プーは言いました。
「プー、ぼくのこと忘れないって、約束しておくれよ。ぼくが百になっても」
プーは、しばらく考えました。
「そうすると、ぼく、いくつだろ?」
「九十九」
プーはうなずきました。
「ぼく、約束します」と、プーは言いました。
まだ、目は世界のほうを見ながら、クリストファー・ロビンは手をのばして、プーの前足をさぐりました。
(「プー横丁にたった家」)

大人になってたくさんの縛りの中で生きていくことになるクリストファー・ロビンですが、時には、魔法の場所に戻ってくることもできるのです。

サットヴァだった無邪気な子ども時代を思い出し、子ども心を取り戻す時、大人になったクリストファー・ロビンはまた、魔法の場所を訪ねることができるのです。

私達も、「クマのプーさん」を開いて、子ども心を取り戻して声をあげて笑う時、プー達と一緒に魔法の森に行くことができます。

ミルンは言います。

それに、これはもちろん、ほんとの「さよなら」ではありません。なぜなら、森はいつでもそこにあります……そして、クマの仲よしは、だれでもそれを見つけることができるのです。
(「プー横丁にたった家」)

無邪気さを忘れた大人こそ、「クマのプーさん」を読み返すべきなのかもしれません。

何度読んでも、何度でも楽しく素晴らしいのが名作ですが、「クマのプーさん」こそは、何百回繰り返して呼んでも、同じしみじみとした感傷に包まれます。

大人の皆さん!どうぞ、「クマのプーさん」を読んでみてください。

プーが、皆さんを魔法の森に案内してくれることでしょう。

A.A.ミルン著 『クマのプーさん』 訳 石井桃子 岩波少年文庫(1957年)
A.A.ミルン著 『プー横丁にたった家』 訳 石井桃子 岩波少年文庫(1958年)