乳腺科医が語る”乳がんとヨガ”Vol.4 ~乳がん患者さんがヨガをやる上での注意点~

乳腺科医が語る”乳がんとヨガ” Vol.4 -乳がん患者がヨガをやる上での注意点-

大切なのは温かく迎えてあげること

乳がんを患った女性がヨガのクラスに来られたとき、一番大切なのはその教室で温かく迎えてあげることです。化学療法中、もしくは化学療法が終わったばかりで髪の毛がまだ生えていないかもしれません。乳房が摘出されて外見を気にされているかもしれません。そのような女性に対して、周りの女性が陰でこそこそと噂をしたらどうなるでしょうか。周りの人は悪気がなくても、治療中の女性は心無い視線を感じていらっしゃるかもしれません。その女性は乳がんを患ってストレスを抱えているのに、さらにヨガのクラスでもストレスを抱えてしまうかもしれません。

アメリカ人のあいだではがんサバイバーは勲章のようなもので、みんな誇らしげに「自分はがんを克服したんだ」と言います。だからがんを患った人がヨガのクラスに来ても、クラスの始めにがんサバイバー、もしくは闘病中であることを紹介され、皆で拍手して迎えます。そしてクラス全体で応援するのです。

日本における課題とは?

応援し合う仕組みが大切
応援し合う仕組みが大切

日本人は自分ががんであることを職場にも仲間にも隠そうとする傾向があります。しかし自分や家族の間だけで悩んでいても仕方がありません。日本人の性格からして難しいかもしれませんが、日本でもまずはヨガのクラスからだけでもがんサバイバーや治療中の人たちを応援できる仕組みを作っていくことが大切です。

人の数だけがん治療の方法は異なり、ふさわしいヨガも異なる

乳がん患者さんといっても状態によって様々です。手術、化学療法、放射線治療も終わっていればホルモン治療を受けていても、基本的には一般の人と同じと考えていいです。この状態の患者さんは基本的にはやってはいけないことはありません。ハードなヨガでも運動でも制限はありません。

1つ注意しなければいけないことは、再発の可能性があるということです。乳がんは他のがんに比べると再発はしにくく、予後の良いがんですが、初回時の腫瘍の大きさ、リンパ節転移への状態で、再発のしやすさは変わります。再発を疑う症状として骨転移による痛み、肺転移、胸膜転移による息苦しさ、息切れ、脳転移による頭痛などがあります。乳がん術後にヨガをしている人で、このような症状がある場合は速やかに病院で検査してもらい、異常がなければヨガを再開することをお勧めします。

治療や体調に合わせて、その人に合ったヨガを提供する

化学療法

乳がんの治療の中で、特に化学療法中に関しては1つ論文があり、ヨガが化学療法による吐き気や嘔吐を減らし、不安を軽減したという報告があります。しかし症例数の少ない研究であり、現在の科学的根拠では化学療法中の患者さんに積極的にヨガを勧めることはできませんが、患者さんの体調に合わせ、無理をしない程度であればヨガをすることは問題ありません。

手術

乳がんの術後は患側の胸を開くようなヨガのポーズでなければ、手術翌日から再開してもかまいません。胸を開くようなポーズは傷の状態を見て医者と相談しながらヨガを開始することをお勧めします。

放射線治療

放射線治療中に関しては今まで行われた多くの研究でヨガをすることで患者さんの不安を取り除いたり、睡眠を改善したり、生活の質を上げることが報告されています。化学療法中の場合と同様に積極的にヨガを勧めることはまだできませんが、副作用が増強することがないことは証明されていますので、ヨガをすることは問題ありません。

再発患者

最後に再発患者さんの場合です。再発患者さんの中でも骨に転移が認められる人には注意が必要です。特に溶骨性の骨転移の場合は骨折しやすく、ヨガの最中に骨が折れてしまう可能性もあります。骨に転移のある患者さんは医者にヨガをしていいか相談するか、体への負担の少ないヨガをした方がいいでしょう。その他の部位への転移でも様々状態があるので、再発患者さんの場合はヨガをする前に医者に相談した方がいいでしょう。

何度も繰り返しますが乳がんにおけるヨガの役割はがんを治すことではなく、精神の状態や生活の質を上げて、乳がんの治療を前向きに受ける状態を維持することです。

患者さんによっては乳がんを罹ったことで自分の生活や体のことを考えるようになり、乳がんになる前より体が健康になったと言われるとても前向きな方もいらっしゃいます。そのような患者さんがヨガの普及によって1人でも多くなってくれればと願っております。

私のブログ「乳腺科医のHouston留学日記」では乳がんとヨガに関する論文の解説などをしたページがありますので興味のある方はご覧ください。また疑問、質問等があればメールをしていただければお答えできる範囲内でお答えします。

文・新倉直樹