美しい湖と大きな城

「かるいお姫さま」~悲しみを知ってこそ知る真の喜び~

こんにちは!丘紫真璃です。

今回は、イギリスの児童文学の基礎を築いたと言われるジョージ・マクドナルドの名作「かるいお姫さま」を取り上げたいと思います。

ジョージ・マクドナルドの名前は聞いたことがないという方も、ふしぎの国のアリスはご存じのことでしょう。

ジョージ・マクドナルドは、「ふしぎの国のアリス」の作者であるルイス・キャロルと友達で、アリスの出版化のためにすごく尽力した人物なんだそうです。アリスの原稿を初めて読んだ子どもは、マクドナルドの家の子ども達だったそうですよ。

アリスの影の尽力者であるジョージ・マクドナルドですが、自身も名作を数多く残しています。

今回は、その代表作である「かるいお姫さま」をみなさんにご紹介していきたいと思います。

多くの思想家や作家達に影響を与えたイギリスの巨匠

作者のジョージ・マクドナルドは、1824年にスコットランドのハントリーで生まれました。

牧師の仕事をしていたマクドナルドですが、独特な神秘主義の思想のため、牧師の仕事を辞めざるを得なくなりました。

そのため、各地を転々としながら文筆業と講演の仕事をしていたようですが、子どもが11人と非常に子沢山だったため、その暮らしは決して楽ではなかったようです。

しかし、牧師の仕事を辞めるきっかけとなった彼独特の思想は、数多くの思想家や作家、著名人達を惹きつけました。

詩人のテニソンやバイロン、オーデン、「指輪物語」のトールキンや、「ナルニア国物語」のC・S・ルイス、マークトウェイン……など数え出したらきりがないほどの有名人達が、マクドナルドの思想に影響を受けているのだそうです。

それでは、そんなイギリスの有名人達に深い影響を与えたマクドナルドの代表作「かるいお姫さま」を紹介していきたいと思います。


重さのないお姫さま

魔女が呪いをかけるおどろおどろしい様子
むかしむかし、ラゴベルという国の王様とお妃さまの間に、それはかわいらしいお姫様が生まれました。

王様は早速お祝いの会を開きますが、実の姉に招待状を出すのをうっかり忘れてしまいます。

この王様の姉は恐ろしい魔女だったものですから、さあ大変です!

魔女はカンカンに怒ってしまい、お祝いの会に乗りこんで、お姫さまに恐ろしい呪いをかけます。

「心もかるく 身体もかるく 
重さはみんな飛んでいけ
 抱いても腕は疲れない
 親の心が沈むだけ!」

(かるいお姫さま)

呪いにかかったお姫さまは重さをなくしてしまい、うっかりすると、空中にフワフワと浮かび上がってしまいました。

それだけではありません。

お姫さまは、ふつうの人よりも頭や心もかるくなってしまったらしく、ひどく考えなしで、物事を深刻に受け止める能力に欠けていました。

どんなに恐ろしく悲しい話をしても、ケラケラと笑っているばかりなのです。

一国のお姫さまが、物事の悲しみや苦しみをまるで理解せず、笑ってばかりいるのでは困ると、王様とお妃さまは頭を悩ませてしまいます。

しかし、そんなお姫さまも重さを取り戻す時がありました。

水の中に浸かっている時です。水の中に浸かっている時だけは、ふつうの人間並みの重さを取り戻すらしいのです。

そしてまた、水の中に入っている時のお姫さまは、考えなしでバカ笑いばかりする困った性質も改善するようでした。

(湖に入った)お姫さまは、ふだんより落ち着いているようにも見えました。たぶんそれは、笑ってなんかいられないほど、喜びが大きかったせいでしょう。とにかく、このときからというもの、お姫さまは水に入ることに熱中し、水の中にいればいるほど美しくなり、ふるまいもいくらかしとやかになりました。

(かるいお姫さま)

お姫さまは、お城の前の湖で泳ぐことに熱中するようになります。

夏はもちろん、湖に張った氷を割って入らなくてはならないような冬でさえも、泳ぎたがるようになるのです。

湖で自分を取り戻す

大きな満月と城と手を繋ぐ王子様とお姫様のシルエット
そんなある日、ある国の王子様が、お姫さまが湖で泳いでいる姿を目撃し、お姫さまに一目惚れしてしまいます。

王子様とお姫さまは、毎晩、湖で出会い、2人きりで、澄み切った夜の湖で泳ぎ回るようになりました。2人は、星や月明かりで照らされる夜の湖でデートを重ね、素晴らしい時を過ごします。

ところが、そんな2人の楽しげな様子を見て、例の恐ろしい魔女はカンカンになりました。

そして、またまた恐ろしいことをやりました。

魔法で湖の底に穴をあけたのです。湖の水は穴から徐々に抜けていき、干上がってゆきました。

愛する湖が徐々に干上がっていく恐ろしい光景に、お姫さまは大きなショックを受けて寝込んでしまいます。

お姫さまは死んでいく湖が見えないようにカーテンをしめきって、じっと部屋にこもっていました。しかし、心に浮かぶ光景は、片時たりともしめだすことはできませんでした。その光景に夜となく昼となくつきまとわれたお姫さまは、湖が自分の魂で、それが身体の中で干上がっていこうとしているように感じていました。


(かるいお姫さま)

湖が干上がってしまったらお姫さまが死んでしまうだろうということは、誰の目にも明らかでした。

湖をよみがえらせるためには、魔女が魔法で開けた穴に栓をして、水がもれるのをふせがなくてはなりません。

しかし、その穴をふさぐ栓の役割は生きた人間がしなければならないのです。

愛するお姫さまを救うため、王子様は自ら、穴に入る役目を引き受けます。

王子様が穴に入りますと、湖の水位は徐々に上がっていきました。水は王子様のひざ程の深さになり、腰くらいの高さになり、そしてついに、王子様のアゴを濡らすまでの深さになります。

その様子をずっと見守っていたお姫さまは、生まれてはじめての感情を覚えます。

お姫さまは妙な気分になってきました。水は王子さまの上唇に達しました。もう息は鼻でするしかありません。お姫さまはおろおろしました。水は鼻の穴を隠してしまいました。
お姫さまのおびえた目は、月の光を浴びて、不思議な輝きを放ちました。王子さまの頭がうしろへ倒れ、水面がその上にとじ、最後に吐いた息の泡がぶくぶくと上がってきました。お姫さまは悲鳴を上げて、湖に飛びこみました。

(かるいお姫さま)

息絶えてしまった王子様を、お姫さまは気も狂わんばかりになって介抱します。そして、必死の努力の末、ついに王子様の目を開かせることに成功しました。

王子様が無事に助かったと知ったとたん、お姫さまはわっと泣き崩れてしまいます。

お姫さまは、わっと泣き出し、床に崩れ落ちてしまいました。そして、一時間のあいだそこを動かず、ただただ涙を流し続けました。生まれてこのかたせき止められていた涙が、残らずあふれ出してきたのです。

(かるいお姫さま)

ようやく泣き止んだ時、お姫さまの身体に不思議な変化が起きていました。お姫さまに重さがよみがえったのです。

悲しみを知るからこそ知る真の喜び

涙を流す少女の横顔と空からの光
ここで思い出していただきたいのが、重さをなくしたお姫さまが、唯一湖に入った時には、重さを取り戻していたということです。

湖に入っている時だけはやたらに笑わず、ふるまいもしとやかになっていました。身体だけでなく、心の重さも取り戻していたということですね。

つまり、湖に入っているその瞬間だけは、本来の自分を取り戻していたということです。

心に重さが足りないお姫さまは、いつもどこか落ち着きませんでした。

笑ってばかりいましたが、本当に幸せではなかったのです。

湖で泳ぐことに夢中になっていたのは、無意識のうちに本当の自分というものを求めていたからなのでしょう。

そんなお姫さまが重さを取り戻したのは、王子様が息絶えてしまったという気が狂わんばかりの悲しみと苦しみの果てに、とめどなく涙を流したからでした。

お姫さまに重さを与えたものは、悲しみと苦しみだったのです。

悲しみとか苦しみといった感情を知らなかったお姫さまの笑いは、いつもどこかヘンでした。

お姫さまの笑い声にはいくらか変なところがありました。なぜなら、本物の心からの笑いというものは、心の底でちゃんと重しをかけて、卵のように温めないと殻を割って生まれてきてはくれないものだからです。

(かるいお姫さま)

悲しみや苦しみを知ってこそ、真の笑いは生まれてくるのだとマクドナルドは語ります。

それはヨガの聖者達が、ヨギーが探し求める真の光は、苦しみや痛みを知ってこそ見つけられるものだと語っていることと同じです。

悲しみや苦しみのない人などいません。でも、悲しみや苦しみを知っているからこそ、喜びもまた深くなるのです。

そうです。暗闇があるからこそ、光もまたハッキリと見ることができるのです。

世の中は今、苦しい時代が続いています。前向きに頑張りたくても頑張れないという方もいらっしゃることでしょう。

でも、頑張れない時は無理しなくてもいい。

苦しみと悲しみを感じることができるからこそ、苦しい先にある光をつかむことができるんだということを「かるいお姫さま」は、教えてくれます。

まるで、マクドナルドが暖炉のそばで語ってくれているかのように語られていく「かるいお姫さま」。

王様やお妃さま、王子さまや、お姫さまのキャラクターもユーモアたっぷりで面白く、つい読みふけってしまいます。

みなさんも1度イギリス児童文学の巨匠の名作「かるいお姫さま」を手に取ってみて下さいね。マクドナルド独特の美しい世界が、あなたをひと時、夢の世界にいざなってくれることでしょう。

参考資料

  1. ジョージ・マクドナルド著 脇明子訳『かるいお姫さま』岩波少年文庫(1995年)