子供探偵団とスパイのイラストとタイトル

「名探偵カッレとスパイ団」~濁った心を明るく照らすサットヴァ~

こんにちは!丘紫真璃です。今回は、またまたアストリッド・リンドグレーンの「名探偵カッレとスパイ団」を取り上げたいと思います。

スウェーデンのアストリッド・リンドグレーンの作品は、このコラムでも度々取り上げておりますが、「名探偵カッレ君とスパイ団」はリンドグレーンの作家生活のちょうど中期に当たる作品です。

題名からわかる通り探偵小説なのですが、ハラハラドキドキさせられることはもちろん、ラストにはホロリと感動させられる素晴らしい名作です。

たいていの探偵小説は、結末がわかってしまったら2度3度読み返すことはないものですが、カッレ君だけは何度繰り返し読んでも、新鮮な感動を味わえます。

そんなわけで、スウェーデンの夏がたっぷりつまったカッレ君の世界とヨガの関係を探しに行くことにしましょうか!

名探偵カッレ君シリーズ

名探偵カッレ君の物語はシリーズになっており「名探偵カッレくん」「カッレくんの冒険」「名探偵カッレとスパイ団」の3作品あります。

物語の舞台はスウェーデンの静かな田舎町。主人公のカッレ・ブルムクウィストは、将来名探偵になることを夢見ている少年です。元気な少年アンデスと、勇敢な少女エーヴァ・ロッタと仲良し3人組で「白バラ団」を結成しており、シリーズ全編を通して、この「白バラ団」が様々な悪漢と対決します。

「名探偵カッレとスパイ団」はシリーズ最後にあたる3作目の作品ですが、名作ぞろいのカッレ君シリーズの中でも際立った名作かなと、個人的に思います。

名探偵カッレとスパイ団

暗闇をライトで照らす子供探偵団
カッレ君シリーズの3作品目。「名探偵カッレとスパイ団」は、カッレ君の15歳の夏休みが舞台です。

カッレ君とアンデス、エーヴァ・ロッタの三人組の「白バラ団」は、ラスムスという5歳の坊やと出会います。

ラスムス坊やのパパは、防弾軽金属を開発した工学博士なのですが、この開発がもとで事件が起こってしまいます。ラスムス坊やのパパが持っている防弾軽金属の開発に関する貴重な書類を、あるスパイ団の悪漢どもがどうにか手に入れて外国に売り飛ばそうとたくらんでいるのです。

そこで、スパイ団の悪漢どもは、ラスムス坊やとパパを誘拐します。2人を無人島に閉じ込め、ラスムス坊やのパパに書類のありかを無理やり言わせようとするわけです。

そして、ラスムス坊やとパパがスパイ団にさらわれていく現場を、偶然目撃してしまったのがカッレ君達「白バラ団」でした。

エーヴァ・ロッタがとっさに悪漢どもの車にしのびこみ、ポケットに入っていたパンくずをこっそりと車から道にまいて、カッレ君達に道を知らせます。カッレ君達はエーヴァ・ロッタのパンくずをたどって、悪漢どものアジトを発見します。

それから、白バラ団は力を合わせ、ラスムス坊やとパパを助けるためにスパイ団と大活劇を繰り広げていくのです。

森に野宿したり、がけをよじのぼったり、真夜中に悪漢どもに追いかけられたと思ったら、後ろから殴られて気絶したり。バンガローのカギを手に入れて脱出できたと思ったら、捕まえられてしまったり。はたまた、おしゃべりなラスムス坊やが悪漢に大事な書類のありかをもらしてしまったりと、ハラハラドキドキさせられっぱなし!

結末がわかっているのに何度読んでもハラハラしてしまうのは、リンドグレーンの素晴らしい文章力によるものでしょうか。

秘密警察※1も顔負けのカッレ君たちの大活躍に、胸がスカッとすること間違いなしです!

  1. 秘密警察:国家における反体制分子や外国のスパイの摘発を専門とする警察組織のこと。

悪漢ニッケとラスムス坊やの友情

大人の手と子供の手
カッレ君たちの活躍が素晴らしいのはもちろんなのですが、今回注目したいのは“スパイ団の一味ニッケとラスムス坊やの友情”です。

ニッケはスパイ団の一味なわけですから性悪な誘拐犯なのですが、ラスムス坊やはそんなことはわかりません。

誘拐犯の車の中で目をさましたラスムス坊やは、自分を抱くニッケのことをじろじろ眺めて、こう聞きます。

「でも、おじさんは、なんという名まえ?」ラスムスは、ものめずらしそうにたずねた。

「おじさんはニッケだよ」とニッケは微笑をうかべながらいった。「ニッケってんだよ。歌はとてもじょうずだよ」
          
(「名探偵カッレとスパイ団」)

ニッケは、子ども達の世話係を任されたようで、ラスムス坊やとエーヴァ・ロッタが閉じ込められている部屋に食事を運んできたり、ラスムス坊やの遊び相手になってやったりします。

ラスムス坊やは、パパと別々の場所に閉じ込められているのですが、ラスムス坊やがパパに会えないさみしさから泣き出してしまった時、ニッケはラスムス坊やをどうにか泣き止ませようと、困りながらこう言います。

「弓をこしらえてやろうか」ニッケは、せっぱつまってそういった。
それは、まるで魔法の呪文のようなききめがあった。ラスムスは急に泣きやみ、人間への信頼をとりもどした。

それからラスムスとニッケは、二時間ばかりも弓を的に射って遊んだ。そしてラスムスは、はっきりした考えをもつようになった。ニッケは親切だ、と。そして、いまエーヴァ・ロッタが、ニッケは人さらいだ、といったとすれば、人さらいはみんな親切なんだ。

(「名探偵カッレとスパイ団」)

ニッケとラスムス坊やはこうして友情を深めていきますが、ラスムス坊やとの友情が深まれば深まるほど、ニッケは心配事ができてきます。スパイ団の親分が、ラスムス坊やとパパを飛行機に乗せて外国へ連れていき、最終的には殺そうとたくらんでいると知ってしまったからです。

カッレ君達もそのことを知り、死に物狂いでスパイ団の親分の計画を阻止しようと奮闘します。

しかし、あと一歩のところで飛行機はやってきてしまい、スパイ団の親分のペータースは、ラスムス坊やをつかまえて、飛行機に向かって疾走します。

乱暴なペータースの腕の中で、ラスムス坊やはニッケを見つけて叫びます。

「ニッケ、助けて!」と、ラスムスは叫んだ。「ニッケ、助けてーったら!」

子どものかよわい声は裂けた。ラスムスは死にものぐるいに泣き叫びながら、いつも親切にボートをこしらええてくれたニッケのほうへ、両腕をのばした。

そのとき、あることが起こった。怒り狂った大きい猛牛のように、ニッケが桟橋を走り出した。ちょうど飛行機のすぐ前で、ニッケはペータースに追いつくと、一声うなって、ラスムスをひったくった。

(「名探偵カッレとスパイ団」)

ニッケは、ペータースに銃で撃たれながらも、ラスムス坊やを抱いて、森の奥深くに逃げ込みます。

森の奥でバッタリ倒れたニッケに、ラスムス坊やはパパのところに行こうと誘いますが、ニッケは動けないので、ラスムス坊やに一人でパパのところに行くように言います。

それでも、ラスムス坊やは首をふります。

「ぼく、いやだよ」と、ラスムスはきっぱりいった。「ニッケもいっしょにくるまで、待ってるよ!」

ニッケは答えなかった。もう力が尽きてしまったし、なんといっていいのか、わからなかった。そして、ラスムスは、ニッケのほおに自分の鼻をこすりつけて、ささやいた。

「ニッケがうんと、うんとすきだから!」

すると、ニッケは泣き出した。子どものとき以来、泣いたことのないニッケだったが、いまそのニッケは泣いた。疲れていたからでもあったし、ひとが自分にそんなことばをかけてくれたのは、それがはじめてだったからでもあった。

(「名探偵カッレとスパイ団」)

ニッケが守ったラスムス坊やは、いろいろありながらも最終的には無事、元気でパパのもとにもどります。

悪漢をここまで変えてしまった、ニッケとラスムス坊やの友情の中にヨギーの関係が見えるのではないかと私はそう思うのです。

サットヴァは悪漢をも変えてしまう

赤いハートを抱える子供
5歳のラスムス坊やはまさしく純粋そのもの。ヨガでいうサットヴァそのものということができるでしょう。

坊やの心は澄み切っていて、少しも濁りがありません。何も色をつけられていない純粋無垢そのものの目でニッケを見、ニッケがスパイ団の一味として働いていながらも、本当はいい人なんだということを見抜きます。だからこそ、ニッケになつき、信頼を寄せていくのです。

「人さらいって、親切だね」と、ラスムス坊やは何度もニッケに言います。そんな風に言われ、無条件になつかれて、ニッケの心がほだされないわけはありません。

それにきっと、ニッケはもともと子ども好きだったんでしょう。ラスムス坊やに弓をこしらえて遊んでやったり、ボートを作ってやったりしているうちに、ニッケはどんどんラスムス坊やが好きになってしまうのです。

ラスムス坊やのサットヴァは、悪漢の仲間だったニッケの濁り切った心でさえ、とても明るく照らします。まぶしいくらい明るく照らされて、ニッケの心がどんどんキレイになっていっただろうということは、はじめは怖い顔をしていたニッケが、徐々に明るく笑うようになったことからもわかります。

ラスムス坊やのようなサットヴァを失ってしまった私達は、どちらかといえば、濁ったニッケの心に近いのでしょう。だからこそ、悪漢の仲間だったニッケが、最後には親分からラスムス坊やを奪還して助けるまでに変わったことに感動させられるのです。

「名探偵カッレ君とスパイ団」の見どころは何といっても、ここにはくわしく書けなかったカッレ君達「白バラ団」のスリル満点の大活躍です。

けれども、ニッケとラスムス坊やの友情も、カッレ君達の活劇に面白みと深みを添えてくれていますので、こちらにもぜひ注目して読んでみて下さい!

参考文献

  1. 『名探偵カッレとスパイ団』(1602年:アストリッド・リンドグレーン 著/尾崎義訳/岩波少年文庫)