『クローディアの秘密』で考える、ゆるぎない自分というもの

『クローディアの秘密』で考える、ゆるぎない自分というもの

こんにちは、丘紫真璃です。今回は、E.L.カニグスバークの『クローディアの秘密』を取り上げたいと思います。

この作品をご存知の方はどれほどいらっしゃるでしょうか。1968年のニューベリー賞をはじめ、ルイスキャロルシェルフ賞や、ウィリアムアレンホワイト児童文学賞など、数々の賞を受賞している作品なので、児童文学好きの方は、よく知っていらっしゃるかもしれません。

これだけ数々の賞を受賞している作品ですから、ここで私が今さら言うまでもなく、とにかく面白く、また奥深い名作です。今の時代に読んでもなお、斬新で新しささえ感じさせるこの名作と、ヨガの関係を見ていきたいと思います。

自身の作品二つが、ニューデリー賞を争った名作家カニグスバーク

著者のE.L.カニグスバークは、1930年、アメリカのニューヨークで生まれました。ピッツバーグの大学で化学を専攻していましたが、実験の手違いで研究中に二度も爆発事故を起こしたため、化学は向いていないとあきらめて、別の道を進むことを決意します。

結婚し子育てをしながら創作活動をはじめ、『クローディアの秘密』で、作家デビュー。同年に『魔女ジェニファーとわたし』という本も出版し、この二冊で、その年のニューベリー賞を争いました。

同じ著者の本で同じ賞を争うなんて異例のことですから、カニグスバークが化学の道に進まず、創作の道に進んだことはとても素晴らしいことだったということがよくわかりますよね。

ちなみに、『クローディアの秘密』は、挿絵もカニグスバーク本人が書いているそうです。

メトロポリタン美術館に新式の家出

主人公のクローディア・キンケイドは、12歳のアメリカの少女です。この本の出だしは次のようにはじまります。

むかし式の家出なんか、あたしにはぜったいにできっこないわ、とクローディアは思っていました。かっとなったあまりに、リュック一つしょってとびだすことです。

(『クローディアの秘密』第1章)

汚かったり、だらしなかったりするのが大嫌いな綺麗好きのクローディアは、ただ家から逃げ出すのではなく、どこか気持ちよくて美しい場所に逃げこもうと心に決めます。そこで、彼女は、メトロポリタン美術館に家出しようという新式のアイデアを思いつくのです。

頭がよく、計画を立てるのが得意なクローディアは、お小遣いをため、時間をかけて注意深く、家出の作戦を練ります。そして、家出の仲間として、三人の弟の中から、一番ケチンボでお小遣いをためこんでいるジェイミーを誘います。

注意深く家出の計画を練っているうちに、クローディアはあぶなく、なぜ、自分が家出をしようと思っていたのか忘れそうになってしまいます。もちろん、理由はちゃんとあるのです。

三人の弟が何もしなくていい時に、クローディアだけは一番年上で、しかも女の子だからという理由で、家事を手伝わなくてはならないのが不公平だというのです。

でも、それだけではなく、クローディア本人もよく自覚していない理由があったのではないかと作者は書きくわえ、その理由を次のように書いています。

クローディアは、ただオール5のクローディア・キンケイドでいることがいやになったのです。

(『クローディアの秘密』第1章)

そんなわけで、弟のジェイミーと共に新式の家出を決行したクローディアは首尾よく、メトロポリタン美術館に隠れひそむことに成功します。

メトロポリタン美術館で暮らしはじめた二人のエピソードはとても面白いので、ここにつらつら書きつらねたいところではあるのですが、書き出したらきりがないので、くわしくは本を読んでいただくことにして、ただ、ここでは、二人が美術館で暮らしはじめた時に展示された小さな天使像にだけふれておくことにします。

その天使像は最近、メトロポリタン美術館が二百二十五ドルで買い入れたものなのですが、これが、ミケランジェロの初期の作品ではないかということで、非常に注目を集めているのです。

その天使像が果たして本当にミケランジェロの作品なのかどうかという謎に、クローディアも夢中になってしまいます。そして、その謎を自分の手で解明したいと、美術館で暮らしている特権を使って像をくわしく調べたり、図書館で本を読みあさったりするのですが、なかなか、その謎を解明することができません。

1週間もすると、弟のジェイミーは、そろそろ家に帰りたくなってくるのですが、クローディアは、それをきっぱりはねつけます。

天使のことについてはっきり知りもしないで、うちに帰れば、それはキャンプから帰ったのと同じなのよ。なんのちがいもないの。一日か二日もすれば、あたしたち、もとのあたしたちになっちゃうのよ。あたしはもとのまんまで帰るために家出したんじゃないの。
(『クローディアの秘密』第6章)

 

メトロポリタン美術館に新式の家出
天使像の謎をどうしても知りたくなったクローディア

なぜだか自分でもわからないけれども、本当にミケランジェロが天使像を彫ったのかどうか、その謎をどうしても知らなくちゃと強く思ったクローディアは、天使像の所有者であった大富豪のフランクワイラー夫人に直接会って聞いてみようと決心します。

そして、有り金を全部はたいて、フランクワイラー夫人の豪邸をたずねていくのです。

前とは違うクローディアになる

二人に会ったフランツワイラー夫人は、それが、最近、新聞で大きく取り上げられていた行方不明の兄弟だということがわかります。

夫人に問いつめられたクローディアは、天使像をミケランジェロが彫ったのかどうか、それさえわかれば、すぐにうちに帰りますと夫人に言います。夫人は、その謎を知っているのですが、クローディアに教えてくれず、こう答えます。

それはわたしの秘密よ(『クローディアの秘密』第9章)

それから夫人は、一週間もどこにいたのかと子ども達に問い正すのですが、今度は、クローディアが、あごをあげて、こう答えます。

それはわたしたちの秘密です。

(『クローディアの秘密』第9章)

うまい! とクローディアをほめた夫人は、クローディア達のことが好きになります。そして、クローディアから話を聞くうちに、クローディアがなぜ、天使像の秘密をそこまで知りたがっているのか、そのわけを感じ取ります。

夫人は、そのわけをこんな風に語っています。

秘密を胸にもって帰るというのが、クローディアの望みなのよ。天使には秘密があったので、それがクローディアを夢中にもさせたし、重要にもさせたのですよ。クローディアは冒険がほしいのではないわね。(略)

クローディアに必要な冒険は、秘密よ。秘密は安全だし、人をちがったものにするには大いに役だつのですよ。人の内側で力をもつわけね。

(『クローディアの秘密』第9章)

そんなわけで、夫人はクローディアを助けてやることに決めます。

それから、夫人とクローディア達がどんな勝負をし、どんな取り引きをしたのか。そして、クローディア達は、どのようにして、天使像の秘密を教えてもらったのか。

その辺りのくわしいいきさつは、これまた本で楽しんでいただくことにして、とにかく、いろいろな苦労の末、クローディアはついに、天使像の秘密を手に入れます。ミケランジェロが、その像を彫った証拠となるスケッチを夫人から見せてもらったのです。

そして、天使の秘密を手に入れたクローディアは、家出の前とは違うクローディアになって、うちに帰ることができました。こうして、無事に物語は幕を閉じるわけですが、この物語のどこにヨガを感じられるのでしょうか。

クローディアもヨギーも、ゆるぎない自分を求めている

クローディアもヨギーも、ゆるぎない自分を求めている
ゆるぎない自分とは

クローディアは、オール5のクローディア・キンケイドであることがいやになって、家出しました。確かに、オール5を取るなんてすごいことですけれども、オール5を取る子なら、きっと他にもいるでしょう。彼女が求めていることはそういうものではありません。

もっと違った何かです。クローディア自身も、自分が何を求めているのかはっきりわからず、最初は、天使像の謎を解明して、みんなをアッと言わせて、女英雄になりたいと望みます。

それが無理そうだとわかると、とにかく、どんな方法でもいいから、家出前の自分とは違った自分になりたいと強く思います。

今とは違った自分になりたい…そのクローディアの思いは、多くの方にとっても身に覚えのある感覚ではないでしょうか。そもそも、ヨガをしようと思う人も、今の自分に自信がなくて、もっと違う自分になりたいと望んではじめるのではないかと思うのです。

心のよりどころとなる何かを求めて、人はヨガをしたり、『ヨガ・スートラ』を開いてみたり、瞑想をしたりするのではないでしょうか?

そう考えた時、ヨガをする人と、クローディアは全く同じなんだということが、よくわかってくるのです。ヨガをする人も、クローディアも、求めているものは同じです。心をゆるぎなく支えてくれる何かです。

クローディアの場合、それは秘密でした。クローディアに天使像の秘密を教えてくれた夫人は、こう語っています。

秘密は人をちがわせます。だからこそ、家出の計画をたてるのがあんなにおもしろかったのです。秘密だったからです。美術館にかくれるのも秘密でした。

でも、そういうものは永久につづくものではありません。かならずおわりがあるものです。天使には、おわりがありません。クローディアも、わたしがしたように天使の秘密を二十年間も内側にしまっておくことができます。

これで家に帰るのに女英雄にならなくてもいいことになりました。…じぶんの心の中はべつとして。秘密というものについて、まえには知らなかったことを今では知っているようになりました。

(『クローディアの秘密』第9章)

もちろん、いつかは研究者たちがその天使像はミケランジェロが彫ったものだと知るようになるでしょう。天使の秘密にだって終わりはあります。でも、そんなことは問題ではありません。

美術館に家出までして苦労をしてつかみとった秘密だからこそ、クローディアにとって、それは限りない価値があるのです。そうして、冒険を重ねて秘密をつかみとった経験は、ゆるぎない何かとして、クローディアの心の中にとどまるでしょう。クローディアは、ゆるぎない自分というものに一歩近づいたのです。

クローディアの自分探しの旅は、まだまだこれからも続くでしょう。もっといろいろな経験をし、様々な秘密を持ち、さらに違った新しいクローディア・キンケイドになっていくことでしょう。そして、ヨガをする人もまた、ヨガを通して新しい自分になっていくのです。

本を読むすばらしさの一つは、座ったままでいながらにして、主人公と同じ経験を追体験できるということにあります。

私達は、ページを開けば、クローディアと共に美術館に家出をし、ハラハラドキドキしたり、ワクワクしたり、天使像の謎を考えたり、ついには天使像の秘密を知るという経験ができます。

そして、クローディアが、家出前とは少し違う自分となってうちに帰った時、物語を読み終えた私達もまた、本を読む前とは少し違う新しい自分となって、ページを閉じることができるのです。

参考資料

  1. 『クローディアの秘密(1975年)』E.L.カニグズバーク著 松永ふみ子訳(岩波少年文庫)