自分のカルマから自由になる、たったひとつの方法

自分のカルマから自由になる、たったひとつの方法

『バガヴァッド・ギーター』の中で、クリシュナは自分自身のカルマを全うすることの大切さを繰り返し説いています。では、私たち人間は、死ぬまで、一生自分のカルマに束縛されているのでしょうか?

ギーターでは、自身のカルマから自由になる方法を明確に説いてくれています。それは、自分自身の行動に責任をもって生きることです。今回はカルマについて少し詳しく読み解いていこうと思います。

生きている間にはずっとカルマを作り続けている

最初に、カルマの基本について少しだけお話します。

カルマというのは、自業自得という言葉の「業」にあたるサンスクリット語です。本来の意味は「行為・行い」であり、自業自得であれば、自分自身の行いが自分の得となって帰ってくるという意味です。

さて、私たち人間は、生まれてから常に行動をし続けているのですが、行動すると必ずその結果が返ってきます。今私たちの現状は全て、過去のカルマによって作られた結果であり、あらゆるカルマの結果から私たちは逃げることはできません。

実に、一瞬の間でも行動をしないでいる人はいない。というのは、全ての人は、プラクリティ(根本原理)から生ずるグナにより、否応なく行為をさせられるから。(『バガヴァッド・ギーター』3章5節)

もし、今の自分の容姿が嫌いだとしても、ヨガでは魔法のように美しくなることはできないし、今与えられた仕事が苦痛だとしても、急に仕事をせずに済む状況になることはないでしょう。

今自分のいる世界は、自分が生まれてきてから積み上げた自分の行動の結果、もしくは、前世での自分の行動の結果の可能性の場合もあると考えられます。いずれにしても、この現実というのは見て見ぬふりはできません。

インドでは、常にカルマの結果に束縛された人生は苦しいものだと考えられています。そのため、ヨガや他のインドの哲学では、どのようにカルマの束縛から解放されるのかについて様々な方法が説かれていますが、大切なのはまず、自分自身のカルマ、今、目の前に現れた結果を受け入れること。

今起こっていることは、全て過去のカルマの結果であり、変えることはできません。ヨガでは、今の現状を受け入れて、未来を良いものにします。目の前の現実をないがしろにすると、なかなか自分を変えることができません。

カルマヨガの意味とは?行動・人生を変える日常での実践方法

自分のカルマの結果に責任を持つことで得られる自由

カルマから自由になるためには、自分自身のカルマの結果に対して責任をもつことが大切です。

自ら自己を高めるべきである。自己を沈めてはならぬ。実に自己こそ自己の友である。自己こそ自己の敵である。(『バガヴァッド・ギーター』6章5節)

ヨガでは、自分自身を変えることができるのは自分だけであると説いています。もし、自分で自分を高めようと決めたら、その瞬間から自分が自分にとっての一番の友となります。

自分を高めるためには、まず現状と向き合うことから始めます。今の自分に与えられた現実は自分の過去の行動の結果だと認めるのが第一歩です。そして、その瞬間から未来を変えることができます。

鏡を見る女性のイラスト
自分を変える、ステップ

自分を変える、ステップ

  • 目の前の自分の状況は自分の責任だと認める
  • すでに与えられた状況を受け入れる
  • 未来の自分の環境は、今の自分の行動によって作られると悟る
  • 未来の自分がより成長するために、今の自分を変える

ヨガに近道はありません。全てが自己責任なので、とても厳しい教訓のように感じるかもしれませんが、見方を変えれば、自分の未来は今からの自分で変えられる=自分は未来を選ぶ自由があるということです。

自由を手に入れるためには、同時に責任も受け入れなくてはいけないので、最初は大変だと感じるかもしれませんが、自分自身で自分の生き方を選べるようになるととても楽になれます。

自分でカルマを変えられる

カルマは次のように、時間によって区別することができます。

  1. 今すでに結果が現れているカルマ
  2. 原因となる行動は行われたけれど、結果が現れていないカルマ
  3. まだ原因が作られていないカルマ

1のカルマは、現在すでに結果が実体化したものであり、変えられません。例えば、「私は太っている」という現状は、過去の食生活や運動不足などによって現れた結果であるので、今日の自分が太っているという事実は変えられません。

2のカルマは、結果は現れていないけれど、原因となる行動はすでに行われたものです。「勉強しないまま資格試験を受けた」という行動があって、結果発表が1週間後の場合、今は結果は分かりませんが、1週間後には「不合格」という結果が届くことは推測ができます。しかし試験を受け終わった今、これから届く結果を変えることはできませんね。

私たちが唯一自由に変える権利が与えられているのは、3のまだ行動されていないカルマです。当たり前かと思われるかもしれませんが、この自由に気が付けないと、なかなか自分を変えることはできません。

例えば、低賃金の仕事に就いていて生活が苦しいのであれば、今月の収入は変えることができないかもしれませんが、今日からの自分の行動によって未来を変えることはできるでしょう。より、やりがいのある仕事に就くために勉強をしたり、どのような仕事があるのか検索したり、自分が転職するときのアピールポイントを考えることもできます。

しかし、自分のカルマに対する責任を受け入れられないと、「景気が悪いから今は転職は難しい」だとか、「政治が非正規雇用を斡旋しているから」とか、「過去の自分がキャリアを築きあげなかったから」と、他人のせいにしたり、過去に原因があるかのように捉えてしまいがちです。

神は、あなたの人生を変えてくれる存在ではない

人生という崖を登る人に指す述べられた手
神は、あなたの人生を変えてくれる存在ではない

ギーターはバクティ・ヨガ(神への信愛)について説かれた教典でもあるので、神が全てを与えてくれるのだと勘違いされることがあります。しかしギーターでは、神は私たちの人生の責任者ではないことがハッキリと書かれています。

主君は、俗人の行為者なる状態も、行為も、行為の結果との結合も作り出さない。ただ、本性のみが働く。

主君は何人の罪悪をも受け取らない。だが、知識は無知により覆われ、それにより生類は迷う。(『バガヴァッド・ギーター』5章14節・15節)

私たちの本質であるアートマンであったり、宇宙であるブラフマンは、私たち人間のカルマを作り出すことはありません。

生命そのものはアートマンやブラフマンなしには与えられないでしょうが、物質的な現象は、全て物質世界での秩序によって作られたものであり、神は、あなたが裕福であろうが、貧困であろうがそこに関与しません。

苦しみの原因も、神ではなくて「無知」というクレーシャ

私たちが苦しいと思うのは、「無知」によって現実が見えなくなってしまうからです。

私たちを苦しめる5つのクレーシャ(煩悩)の弱め方

無知はヨガ哲学で考えられるクレーシャ(煩悩)の中で、全ての苦しみの根源と考えられています。

人が悪い行いをはたらいた時も、神が善悪を判断して罰を与えているわけではありませんが、本人の中の心の不純性である「無知」が高まってしまうことによって、結果的に人は迷い苦しむことになります。

その仕組みが分かっていると、どんな結果であっても、他人のせいにすることはなく、自分自身の人生と正面から向き合えることができるのではないでしょうか。

ヨガのシンプルな教えで自分の人生を変える

今回書いた内容は、とても基本的なお話なので、当たり前のことだと感じた方もいるかもしれません。しかし、「自分のカルマの責任を認める」ということは、ヨガの教えの中でも最も大切なものなので、定期的に見直したいです。

自分の人生にしっかりと向き合うことによって初めて、自由や深い喜びを感じることができるのではないでしょうか。つい、言い訳をしたくなってしまうときにも、ギーターの言葉を思い出してみましょう。

ヨガジェネレーション講座情報

満足度120%!ヨガ哲学講座