ヨガの指導に活きる、マズローの欲求5段階仮説と内発的動機付け

ヨガの指導に活きる、マズローの欲求5段階仮説と内発的動機付け

人はどのように成長するのか?マズローはそれを5段階で定義し、説明しました。そして晩年、マズローは6段階目があると発表。この6段階目のことは前回の記事でも紹介していますので、そちらをご参照ください。

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さて、マズローの欲求の階層はしばしばピラミッド状に描かれます。最も基本的な欲求を土台に、満たされた人生を送るうえで必要な、本質的な欲求を頂点にひとまとまりにしている図を、ご存知のかたも多いかもしれません。

今回は、このマズローの欲求の5段階仮説について、より深くみていきたいと思います。

欲求には、段階がある

マズローの5段階仮説
マズローの5段階仮説

マズローの欲求の階層は「欠乏欲求」と「成長欲求」の2つの異なる部門に大別されます。最初にあるのが、「欠乏欲求」に属する4段階です。

<欠乏欲求>

1段階目:生理的欲求
食事や水や睡眠などの人の生命維持に関わる欲求

2段階目:安全の欲求
身の安全や危険の不在を望むもの。人間にとって生理的欲求とともに大切な欲求

3段階目:愛と帰属意識の欲求
他者と親密になり、他者から温かく迎え入れられたいといった欲求

4段階目:承認欲求
「人生において何かを実現し、認められたい」といった欲求

これらの「欠乏欲求」に属する4段階は、「成長欲求」よりも前に、満たされておく必要があります。

<成長欲求>

5段階目:自己実現の欲求
自分のもつ能力や可能性を最大限に発揮し、自分がなりたいものにならなければならないという、高次のレベルに位置する欲求

成長欲求を満たすことが、大切

マズローによれば、私達のだれもがその人にだけフィットする個人的な目標を抱いており、その目標を追求することが、その欲求を満たすことになると説いています。

自分のやりたいこと、実現したいことを行っていないのなら、それ以外のどんな欲求が満たされているかは問題ではなく、その人はいつまでたっても満たされないままになるのです。

私達のだれもが、自分の可能性を見出し、自分の欲求を満たすことができる経験を得ようとしなければならない、すなわち「人間は自分がなれると思ったものにならなければならない」というのがマズローの主張なのです。

クラスの質を高める指針に

クラスの質を高める指針に
クラスの質を高める指針に

この人間が抱く欲求に対する“マズローの視点”は、ヨガのクラス作りにおいても、ひとつの指針になります。

例えば、第1段階である生理的欲求に属する、「清潔であること」は必須条件といえるでしょう。第2段階である「安全であること」についても最大限の配慮が必要です。

具体的には、生徒さんが、安心して自分を見つめられる空間を保証するなど。否定されたり、拒否されることがいっさいない、心理的にも安全な空間であることは通いたくなるヨガクラスの必須条件といえるでしょう。

さらに第3段階である愛と帰属意識の欲求を満たせるかどうかも、健全なクラス作りには欠かせません。一体感を持って参加できること、やさしく、寛容に迎え入れられること。そんな温かいクラスに参加して、幸せを感じられる方も多いのではないでしょうか?

承認欲求への着眼で、クラスの可能性が格段と広がる!?

第4段階目の承認欲求に関しては、繊細な配慮が必要になります。それは、承認欲求には2つのレベルがあるからです。

ひとつ目は、低いレベルである「承認欲求」。これは、他者から尊敬や注目を集めることなどによって満たすことができるといわれます。マズローは、この低い「承認欲求」のレベルにとどまり続けることは危険だと指摘しています。

ヨガのシーンで考えると、例えば他の人よりも難易度の高いアーサナができることなどで満足してしまうといったことでしょうか。

ふたつ目は、高いレベルの「承認欲求」。自己尊重感、技術や能力の習得、自己効力感(自信)、自立性などを得ることで満たされ、他人からの評価よりも、自己評価が重視されます。

皆さんも自分がヨガのレッスンに真剣に取り組めたと感じた後に、自信を深めた経験があるかと思います。例えるならそのような状態でしょう。

承認欲求への着眼で、クラスの可能性が格段と広がる!?
承認欲求への着眼で、クラスの可能性が格段と広がる!?

では生徒さんの成長を促す先生の態度はどのようなものが適切なのでしょうか?現役の臨床心理士でヨガティーチャーをしているA先生からこんなお話を伺ったことがありました。

女性のアイコン3
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心理療法のセッションで、もう少し頑張ってみたらいいのではないか?とセラピストは考えていても、セラピストからそれを伝えることが難しい生徒さんもいます。

そこでヨガのクラスを通じて、もう少しだけ頑張る目標、自分の限界に挑戦するようなアーサナを繰り返し取り入れてみると、不思議とそれが実生活にも活きてきたりするのです。

アーサナの指導の際にはこちらから頑張るように促すことは全くありませんが、やり遂げたこと、上達していることのフィードバックはします。自ら達成したことが自信となるのはないでしょうか。

生徒さんの自己効力感を増進させる素晴らしい取組みです。ヨガクラスという体験を通じて、人の意識・行動をも変容させることができることを示しています。

おそらくこの生徒さんは、自分の行動が生む表面的な結果ではなく、その行動によってもたらされる内面的な楽しみや意義が原動力になって、自分の行動に変化が起きたのでしょう。

自らの楽しさ、喜びが原動力となることを「内発的動機づけ」といいます。これは外部的な報酬により、もたらされる「外発的動機づけ」と対比されます。そして内発的動機づけの3つの鍵は「有能感・自律性・関係性」であるとされます。

教育現場では生徒が「自律性」を実感するのは、教師が「生徒に自分で選んで、自分の意志でやっているのだという実感を最大限に持たせ、強制されていると感じさせないとき」だといいます。

そして「有能感」をもつのは、やりとげることはできるが簡単すぎないタスク(生徒の現在の能力をほんの少し超える課題)を与えるときなのです。

さらに生徒が「関係性」を感じるのは教師に好感を持たれ、価値を認められ、尊重されていると感じるときなのです。

生徒が「関係性」を感じるのは<strong>教師に好感を持たれ、価値を認められ、尊重されていると感じるとき
生徒が「関係性」を感じるのは教師に好感を持たれ、価値を認められ、尊重されていると感じるとき

先のA先生がヨガのレッスンでやや難易度の高いアーサナを指導し、自分で選んでもらって実行させ、適切にフィードバックしたことは、まさにこの内発的動機づけを強化させたのでしょう。

今回はマズローの欲求と内発的動機づけをヨガクラスと関連して取り上げてみました。マズローが指摘しているように人はどうしても成長を追い求めるものです。皆さまも自らの成長欲求に耳を傾けてみてはいかがでしょうか?

参考資料

  1. キャサリン・コーリン『心理学大図鑑』(三省堂、2013年)
  2. ポール・タフ『私たちは子供に何ができるのか』(英治出版、2017年)