私の点と点がつながった“connect the dots” 〜精神科医、そしてヨガの道を開くまで〜

私の点と点がつながった“connect the dots” 〜精神科医、そしてヨガの道を開くまで〜

皆さんはなぜ、“その道”を選んでいるのでしょうか?そこに至るまでには色々な背景があると思います。今回は筆者がヨガに仕事で関わろうと決意した流れについてのお話です。

スティーブ・ジョブズのスタンフォード大学での伝説的なスピーチはご存知でしょうか?
https://www.youtube.com/watch?v=XQB3H6I8t_4

死期を悟ったスティーブが

Stay Hungry. Stay Foolish.(ハングリーであれ。愚か者であれ。)

と締めくくる歴史的なスピーチ。わずか15分のスピーチにより、会場のみならず世界の人々に感銘を与えたことで有名です。

スピーチの主題は3つあり、その一つが “connect the dots”(点と点をつなぐ)という話です。

“connect the dots”(点と点をつなぐ)

スティーブは大学院生だった母親が養育できないという理由で養子に出されます。実母の強い希望もありスティーブの義両親は労働者階級であったにもかかわらず、高額な授業料が必要な大学に進学させてくれました。しかし大学での勉強に意味を見出だせなかったスティーブは大学を辞める決意をし、興味がなかった授業の代わりにカリグラフィー(文字を美しく見せる技法)の授業を聴講します。

カリグラフィーをすぐに人生に活用する見込みはないものの、その美しさにジョブズは魅了されます。しかし10年後、意図せずに取り組んだカリグラフィーの体験こそが、マッキントッシュの美しい文字を設計するときに生きてくるのです。こうしてマッキントッシュは文字を美しく表示できる世界で初めてのコンピューターになったのです。

スティーブはこの体験を次のように結論付けています。

将来をあらかじめ見据えて、点と点をつなぎあわせることなどできません。できるのは、後からつなぎ合わせることだけです。だから、我々は今やっていることがいずれ人生のどこかでつながって実を結ぶだろうと信じるしかない。

運命、カルマ…、何にせよ我々は何かを信じないとやっていけないのです。私はこのやり方で後悔したことはありません。むしろ、今になって大きな差をもたらしてくれたと思います。

直感に従って取り組んでいたことが後からつながる

筆者が医学部の6年生の頃でした。何科に進むか、人生はどのようにあるべきなのか思い悩むことがありました。とても仲のよい友人がメンタルヘルスで問題を抱え、悩む人にどう向き合っていけばいいのか、悩んでいる時期でもありました。また世間の大人たちの、行動が伴っていない“立派な”発言にも辟易としていた時期でもありました。

有能だが私生活がだらしない医師や、立派な発言をするけれども行動が伴っていない先輩。自分がどのような人生をすすむべきか。年をとった今だと気恥ずかしいほどですが、人生の岐路で逡巡した経験をお持ちの方は多いと思います。

そんな中、1冊の本と出会いました。『僧侶と哲学者』です。哲学者である父と僧侶である息子の厳しくも愛に満ちた対談が書籍化されたものです。息子であるマチウ・リカールはノーベル賞受賞者フランソワ・ジャコブ教授の指導のもとで分子生物学の国家博士号を取ったあと、チベット語を学び、仏教修行の道に入り僧侶となったという異色な経歴の持ち主です。

哲学者である父と僧侶である息子の厳しくも愛に満ちた対談が書籍化された『僧侶と哲学者』という本に出逢い精神科医になる決意をした筆者
哲学者である父と僧侶である息子の厳しくも愛に満ちた対談が書籍化された『僧侶と哲学者』という本に出逢い精神科医になる決意をした筆者

父であるジャン・フランソワ・ルベルは哲学者で、現代フランスを代表する知識人。父は息子が生物学者の道を捨ててまで、なぜ仏教徒になったのか?なぜチベットに行ってしまったのか?当然ながら疑問を抱いています。

一方息子は立派で有名な大人たちが全く幸せではない様子や、発言が立派でも実生活では悲惨な暮らしをしている立場がある人々に疑問をいだき、仏教に惹かれていったことを語ります。父は哲学者とは本来、ソクラテスのように知恵の体現者であり実践者であったはずなのに、現代の哲学も科学も生きる知恵には無関心であることを率直に認めます。そして、仏教が西欧で強い関心の的になる背景には、この空白を埋めたいという願望があると指摘します。

筆者はこの本に強い衝撃を受け、人間の心の動き、さらには生き方などを探求したいと考え、精神科に進むことにしました。

精神科医として経験を積んでいたある日、筆者の自宅近くのフィットネススタジオで、とあるヨガクラスをみかけました。運動不足を解消しようと軽い気持ちで参加したクラスは、インドで修行されてきたマキ・ユングハイム先生の初級者向けのシバナンダヨガのクラスでした。いきなりコアなヨガに偶然にも触れてしまったのです!マントラを唱えることから入り、しっかりプラーナヤーマ。ご高齢の参加者が多いクラスでもあり、優しいアーサナが中心でヨガの概念を覆すものでした。

ヨガを体験したことがなかった筆者はその静寂な時間に感銘を受けました。クラスの後は疲労感とともになんとも言えない幸福感を感じたのです。ヨガがメンタルヘルスに効果があるという報告にふれることもあったので、ヨガのメンタルヘルスへの効果を体感した瞬間でもありました。その後、ヨガの実践や瞑想について学びはじめました。

奇跡的な巡り合わせに導かれて

「利他の愛と思いやり」の瞑想中、被験者たちの脳波が見たことのないレベルで変化した
「利他の愛と思いやり」の瞑想中、被験者たちの脳波が見たことのないレベルで変化した

そんなある日のこと、マチウ・リカールの名を再び目にするのです。“世界一幸福な人”として。瞑想の脳科学的な研究が行われ、瞑想の実践者としてマチウも被験者になったのです。脳波を測定すると、「利他の愛と思いやり」の瞑想中、前頭前野の活動が左側に大きく偏り、それまでの被験者150人では見たことのないレベルで、脳波の変化が記録されたのです。この結果をきっかけに、マチウは世界一幸福な人物と呼ばれるようになりました。

これらの研究結果を受けてマチウはこう語ります。

重要なのは、この実験ではサーカスのような特殊なことができる人々を見せようとするのではなく精神鍛錬の重要性を物語っていることです。それは贅沢や心のビタミン剤でもありません。我々の人生のすべての瞬間の質を決めるものなのです。

私たちは教育には約15年を費やし、ジョギングやフィットネスに通い、美を維持するためにあらゆることを行います。

しかし驚くことに、心の在り方という重要なことには無関心でほとんど時間をかけません。

これほど人生で衝撃を受けたことはありませんでした。瞑想の実践が脳への影響があることが科学的根拠を持って証明されたことだけではありません。学生時代感銘を受け、精神科医になろうとしたきっかけの本の著者であるマチウがまさに瞑想の体現者として現れたのです。筆者はますます瞑想やヨガに魅了され、実践しました。そうするうちに自らもストレス耐性の改善など効果を実感したのです。

メンタルヘルスの改善に確実に効果を実感したため、これは皆様にお伝えする必要性があるのではないか。ますますその思いは強まり、突き動かされるようにヨガスタジオをオープンする決意をしました。2019年4月、様々な方のご協力を得て、ヨガスタジオをオープンすることができたのです。

マチウの本に出会い精神科医の道をすすみ、ヨガの実践をすすめるうちにマチウに背中を押されるようにヨガスタジオをオープン。直感に従って取り組み、点と点が線としてつながったと感じたのはオープンした後でした。ヨガの実践もヨガのプログラムの研究もスタートラインにやっと立ったところです。
 
ジョブズがいうように、今取り組んでいることがいずれ人生のどこかでつながって実を結ぶだろうと信じるしかありません。運命、カルマなど、我々は何かを縁(よすが)にしなければ生きていけないのです。

あなたの信じるものはなんでしょうか?

参考資料

  1. 「ハングリーであれ。愚か者であれ」 ジョブズ氏スピーチ全訳
  2. マチウ・リカール『僧侶と哲学者』新評論、1998年
  3. マチウ・リカール『幸福の探求』評言社、2008年
  4. Chalmers, Robert (2007-02-18), Matthieu Ricard: Meet Mr Happy – Profiles, People, The Independent, retrieved 2013-06-25