ヨガ哲学を身体で体験してみよう!

ヨガ哲学を身体で体験してみよう!シリーズ Vol.8「サントーシャ=知足」

ヨガの哲学を日々のライフスタイルに取り入れ、上手にカラダと付き合っていく。
そんな自分自身のカラダの捉え方についてしゅんすけ先生が丁寧に解説してくれるこの企画。
ヨガのカラダの使い方の「基礎」やその「極意」をヨガ哲学を通して気軽に学べます。
きっと、ステキな気づきがあなたにもあるはずです。

Philosophy × Karada コンテンツ
ヨガ哲学を身体で体験してみよう!シリーズ Vol.8
「サントーシャ=知足(足ることを知る)」

 

日常生活の指針その2
「ニヤマ=?した方がいいこと」5つの2つめです。

●サントーシャ=知足(足ることを知る)
=前提を低くもつこと=感謝すること=動いてくれている自分の体に「ありがとう」を体言してあげる

 

足ることを知るってなんでしょう。
幸福を求めて外へ向かうのではなく
今あるもの、ただあるがままであること。

満足を知る。
つまり現状すでに満たされていることを再認識して
それに感謝しよう。
というもの。

あれが足りないこれが足りない
あれもほしいこれもほしい
ではなくて

あれもあるこれもある
あれもいらないこれもいらない
という状態へ。

感謝とはなにに対してか?

激から守ってくれる「皮膚」があってありがとう。
細かい作業できる「爪」があってありがとう。
自然の景色や美女を見れる「目」があってありがとう。
パン屋さんのおいしいにおいをかげる「鼻」があってありがとう。
ほくほくのごはんとあったかい味噌汁をいただける「口」があってありがとう。
まわりの人としゃべれる「言葉」があってありがとう
呼吸できる「喉」があってありがとう
うれしい言葉を聞ける「耳」があってありがとう。
一緒に歩んでいける「足」があってありがとう。
つないでいられる「手」があってありがとう。

ということらしいです。
なにもかももう満ち足りているみたいです。

一緒に笑い転げれる気のあう友達もいるし
同じ目標に向かってがんばってる仲間もいるし
もしかしたら大切なご夫婦だったり彼氏彼女がいたりするかもしれません
だれにだって家族がいるし
なにもかも満ち足りているみたいです。

それにふんぞり返って「当然だ!」と言わずに感謝しようと。
感謝ができてくると不思議な素敵なことがたくさんおきてきます。
ぼくはまるで感謝ができない、がきんちょでして…たくさん迷惑をかけてようやく大事なことに気づき
大切に実践しているのですが、この感謝を積み重ねれているときは非常にめぐります。
忘れているときは非常に滞ります。
不思議なのですが、これはほんとです。

謝の反対の「?してもらって当然だ!」って言葉には注意しましょう。
当然のことなんて何一つないのかもしれないですから。
知らず知らずのうちに高くなっている「前提」から「満足を知れる状態」になれるよに。

いつだってその前提は自らが作り出してますし
その前提はいつだっておろせるわけですから。

「家族だから話が通じて当たり前だ!」なんていつも思ってはそうではないことにイライラしていましたが
「家族だからこそ話が通じにくいことがあるから、丁寧に話そう」と思えれば、実にスムースなのに。

体でも同じです。
「動いて当然だ!」なんて思ってるとある日突然動かなくなるかもです。
からだ君も疲れて疲労回復すらせずに、動いてくれないかもしれないです。
からだ君にもありがとうを実践してあげることは非常に大事です。
病気になったときに思い知るのですが
元気なときにも覚えておいて実践してあげれるとからだ君は喜びます。
そしてそれは動きの極意のようです。

自分自身のからだにありがとうを言える人は
まわりのひとにもありがとうを言える人になるんだと思います
環境にもありがとうを言える人になるんだと思います
ありがとうな関係っていいですよね

「知足によって、人は、無上の喜びを得る」みたいです。

まとめ。
「ありがとう」を実践することで
「サントーシャ=足ることを知る」ということを
身体に刻み込んで、日常生活でも自然とできるようにしていきましょう。