女性がアイピローをしてリラックスしている様子

ヨガを活かした、病気とのお付き合い

病気は治るものではなく、上手につきあうもの。

アーユルヴェーダなど、代替医療、中医学などの東洋医学…西洋医学ではない医学に関心を持つようになって以来、少しずつ感じた個人的な見解です。

というのも、病気はある日突然にかかるものというよりも、

  • 生活習慣
  • 病前性格(発病する前の、患者の性格)

など、発病した日より前からの積み重ねてきたものの蓄積としてあらわれるものと思うようになったためです。

生活習慣、病前性格。

このどちらも、努力次第である程度まで変えられるものの、全く違うものには出来ないと思います。

また、回復したからといって、もう病気とは無縁になるとも限りません。

病後には病後の、病気との付き合いがありますよね。

病気との付き合いは人づきあいと同じように、ていねいに時間をかけて行っていくという覚悟がしっかりとできたとき、「回復した」と言えるのかもしれません。

たとえば、風邪をひいて病院へ行ったとします。

はやりの風邪という診断がおり、薬を処方され、服用を続けたところ、当初患っていた症状はなくなりました。

しかし、これきりで風邪といっさい無縁になったのでしょうか?

風邪をひいている間、少々手抜きをしてしまった雑事、休んでしまった場合は職場の仕事や学校の課題、それぞれの場でかかわっている人たちが代わりに引き受けてくれたことへの振り返りや感謝…

何だか風邪をひく前よりもやることが増えています笑。

また、暫くの間は「風邪をひいていた人」というレッテルがついてまわるはず。苗字や役職など、普段とは違う概念を通じて周囲からみられる時間が生じるわけです。

日本では婚姻関係を持てば、女性の苗字が変わることが多いですが、もし自分が知らないところで自分の苗字が変わったら、相当驚きます。

風邪をひいていたという自覚なしに元の生活へ戻ろうとすることは、それくらい無防備になること…概念としてはそうなると思います。

ですので、まずは病気をしてしまったことを受け入れる覚悟が大事だと思いました。

風邪をひく前とひいた後、実は内外ともども状況は変わってしまっているということ。

ついていくのはちょっと大変そうですが、煩わしさにばかり目をやってしまうわけにはいきません。

同じような事態を繰り返さないように学び取っていく必要に追われます。

この、「学び取る」ことこそ、病気などに代表される心身の不調との付き合いで要されるであろうこと。

薬を使えば、菌を殺してくれたり、状態としての回復を果たすことは出来ても、上に書いたような対処はまさに自分しかできないですよね。

また、薬もやみくもに服用しては危ないもの。

西洋医学では薬による治療が行われるのが常。

また、ひとりのお医者さんが診る患者さんの数はかなり多いですので、大事をとって種類を大目に処方されることも。

お医者様が出してくれたからと、投げ出さず、処方された薬の内容物や効能チェックすると、実は要らない薬も入っていることもあります。

とにかく、自分の不調を治すのは最終的には全部自分自身。

ちょっと面倒なことですが、コツをつかんでいくと今度はあまり病院へ通うこともなくなってきます。

ヨガでは、自分を客観視し、分析していくことを行っていきますが、病院へ行く目的を念頭において自分の出来ることと、専門家にゆだねたいことを分析して通うことは、まさしくヨガの活用のひとつと言えるのではないでしょうか。

病院にかかるときにぜひ普段のヨガの学びをフィードバックして、少しでもラクに乗り切りたいですね。

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