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「プロセスが大切な女性」と「結果が大切な男性」

突然ですが、ヨガとは1日で簡潔するものでありません。
そのため、そこには過程と結果の繰り返し。

ヨガだけではありません。
何かを成し遂げるにあたって、必ず過程と結果が存在します。
話し合いの結果、仕事の結果、学びや気づきの結果、といったように。

1403062_37268119.jpg結果がどうであれ「過程の段階で楽しめたし頑張れたんだからいいじゃない!」という声を女性から主に聞きます。
では男性は、というと「やるからには結果を残したい」という本能にかられます。

ヨガで例えるとこんな感じになります。
ヨガとは「プラクティス」の積み重ねです。
24時間生きて行く中で起きるすべてにヨガ的思考が発生し、心の邪念を取り払って常に安定した状態を目指してアサナや瞑想を「プラクティス」します。

しかし、もっとお手軽に「健康のために」「スタイル維持のために」「ストレス解消のために」「ヨガをすると気持ち良いから!」というのも立派なきっかけです。
そういう声から派生して、現在ではヨガスタジオの半分以上が女性というのも少なくはありません。

男性はというと、更にその気持ちを深めた視点でみています。
つまり、ただの健康やストレス解消ではなくて「ヨガを続けた結果仕事の効率が上がった」「ヨガをしていたら呑みに行く回数が減って結果的にヘルシーな生活になった」という風に。

もう1つわかりやすい例を上げてみます。
女性は「見た目がかわいかったから」と言って洋服やインテリアをセレクトします。
ですが、男性は「かわいい」だけではセレクトしません。その商品のうんちくにぐっと心を打たれ、どのような機能を発揮するかという「結果」をもとにセレクトします。

こんな男女が恋愛をして結婚をするわけです。
「何故私が好きがが知りたい」女性と「好きだからずっと一緒にいたい」と言う男性。

「そんなの、わかりあえるわけがないじゃない!」と思いたくもまりますが、ヨガ的思考においてはこの男女、なんとわかり合えるのですね。

何故なら、ヨガは魂との繋がりがベースになっているからです。
外見や性別に関わらず体の奥底に存在する誰もが持つ「魂」。

女性からしたら「プロセスが大切」だと言い張って、男性からしたら「結果が大切」だと言い張って。
平行線の言い合いになったとしても、そこに勝ち負けの決着を果たすのではなく「相手は自分と同じ魂を持っている」と思うと、随分生きることが楽になるものです。

1196529_39079647.jpgつまり、存在する「人」からすべてそぎ落としたら残るは魂。
どんなに悪態をつかれて嫌な思いをしても、その時期殺伐とした外見的要素が起こしたことだとしましょう。
すると相手を攻めるのではなく許す、もしくは理解する気持ちが生まれてくるかもしれません。

パートナー、上司、友人との関係性、もっと大きく考えればグローバルな場面といったさまざまなところで、この「ヨガ的思考」が広まればもっと笑顔が増えるのではないかしら、と思わずにはいられないのです。

 

 

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