自分がそれまで定義していた「自分」を、裏切られまくるところもヨガが好きな理由。

サントーシマ香/東京 (ヨガインストラクター)
ヨガをなんで始めたんだろう?と聞かれると、
たくさんの理由が挙げられる。
そのころ、摂食障害とうつで悩んでいて、出口を探してもがいていたから。
読書の中で、ヨガというキーワードが何度も現れて、印象を残したから。
顔も雰囲気も大好きだった、スーパーモデルのクリスティがヨガやっていたから。
自分がどうしたいのか、何が本当は欲しいのか、誰なのか、
よくわかんなくて、虚無に犯されていたとき、
ヨガにヒントがあるような気がぼんやりしていたから。
これらの回答を見ると、
どれもほんとに正しいし、だけれど、どれも何だか、とってつけたような、
相手の期待を感じ取って、その場を納得させるために、
ちょっと作った答えっぽいなぁとも思う。
「なんとなく、ご縁があって始めました」っていう曖昧な答えが、
一番本当のことを、表しているような気さえもする。
ヨガジェネレーションをお手伝いしていて、
はじめてヨガをやる人に、ヨガの良さを伝えよう!なんていう企画をしてても、
結局ヨガが必要ない人まで、皆がヨガをやればいいのに!なんて、
強制勧誘とかする気持ちは無いのだけれど、
ヨガが何か、まだ情報としてしか知らなかったり、
ひとつのヨガ体験で全部を決め付けちゃって、もういいやって思ってる人、
または、暮らしの中で、五感を通じて、周辺にエネルギーを、もぎとられるように
吸い取られるような気がして、ほとほと弱ってる人や
自分と仲良くできなくて、息苦しい人と顔を合わせたら、
「ヨガおいでよ!」って、おせっかいだけど言いたくなってしまう。
なんでだろう?
それは、体験したこと無いような、深~いレベルで気持ち良いし、
周りとの折り合いをつけやすくする以上に、
一瞬ずつの体験が深くなる・・・
う~ん、なんてとこまで書いて、薄っぺらく感じる。
ヨガの美しさは、これだけじゃない。
けれど、言葉と大脳新皮質でリードされている論理的領域を
超えていくために、ヨガは役に立つとは、言ってもいいかも。
子供のとき以来(もしくは全く初めての)やったことない
形をとることに感動したり、体が硬かったり弱かったりで、
ポーズがとれない自分に照笑いして(誰も見てないんだけど)
しかたなく、そのままを受け入れてあげるしかないかも、って気づくこと。
自分に優しくすることを、おそるおそる試したり、
水がおいしいことにハッとしたり。
練習の後のすっぴんの仲間の顔がすごくキレイだったりして
感動することが、たくさんある。
そして、他に例えが見つからない程、気持ちが良くて
自分がそれまで定義していた「自分」を、裏切られまくるところもヨガが好きな理由。
大人になって、ついつい知ったかぶりの、格好つけちゃうようなコトが多いけど、
私は、凝り固まって決定付けられた化石のような存在じゃなくて、
周りとの交流によって今もどんどん変化する、
瑞々しい生き物なんだ、って体験を通じて感じることがヨガで可能になる。
スワミ・サッチャナンダさんというインドの高名なグルが、生徒さんに
「チョコレートはどんな味がしますか、説明して」とサットサンガでたずねた。
やわらかく甘い、だの、ベルベットのようなトロける感じ、
だの、ねっとりとしていてハッピネスを連想させる、だの、皆口々に答えた。
一通り答えが出尽くすと、スワミは生徒さんに一片ずつのチョコレートを配り、
もう一度「チョコレートはどんな味がしますか」とたずね、
チョコレートを実際に、口にするように促したのですって。
























