本に勝るものは口伝の教え~後編~
ヨガジェネレーションをご覧の皆様、ナマステ。
インドからヨガ情報をお伝えしているJunaと申します。
前編に引き続き、"本に勝るものは口伝の教え"の後編をレポートしていきます。
雑誌の存在や、どの本がよく読まれているかと質問する私に、その本の存在のことよりも、
ヨガをどう実践していくかという話に展開していきました。
私が今回質問した方は、すべて男性です。
リシケシュでヨガを実践しているインド人は、圧倒的に男性が多く、先生もやはり男性が占めています。

日本にあるヨガの雑誌を数冊思い出しながら、私は
「日本では、ヨガをするのは女性が多いけれど、ここは反対ね。どうしてなの?」
と訊くと、口角を上げて目じりを下げながら、
「それは、美容と若さのためでしょう?」と少し辛口の意見が耳に入ってきました。
私は正直、その傾向がないとは言い切れませんでした。
ヨガの聖地に住む彼らは、異国でのヨガの在り方も静かに認めています。
それを否定するでもなく、肯定するでもないようでした。
欧米や日本には、ヨガの雑誌が多数あり、そのどれもが美しく表現されていますが、
ここにいると、その世界とは少し異なる感じを受けます。非常に硬派です。
自分の修行のために、結婚していても別居しているカップルも存在します。
瞑想の練習のための時間が必要なのだそうです。
では、女性はヨガをしないのかと訊くと、そうではなく、祈りなどを通して行ったり、
自分独自の方法を持つことがあるのだと聞きました。
女性と男性のエネルギーが異なる様に、ヨガの行い方もそれぞれなのでしょう。
生まれた時からこの地で育ち、ここでヨガを行じている彼らには、
ヨガの雑誌とういものは、見たことも考えたこともなさそうでした。
「どうしたら神様とつながれるか」ヨガを語る時、彼らはそう説明します。
そして、「なぜストレスに悩まされるか?」私が日本人であることから、日本はストレス社会だと聞いているよ、という話になりました。
「心に過去の残存印象が残っていると、人は幸せを感じられない。けれど、そこから本当の幸せを感じる方法が、ヨガなんだよ。」
「バランスをとること。スピリチュアルな世界と、現実の世界。そのどちらかに偏りすぎずに、バランスをとって生きることをヨガで可能にするんだよ。」
私は、それらの教えに、本の存在はもちろんのこと、雑誌のことを訊く気持ちはすでに失せていました。この人たちにとってヨガは、実践であり、生き方なのだと気づきました。
だから、私の持ち出した「雑誌」や「お気に入りの本」という言葉に、ピンとこなかったのかもしれません。
どの本が良いかという答えの代りに頂いたものは、
「本当のヨガを行いなさい。伝統のヨガを。それを教えてくれる先生のもとで行うこと。
今、いろいろなヨガがあるけれど、そこからはヨガがもたらす恩恵は得られないんだよ。それは、ヨガと名付けられているけれど、ヨガではないから。
ヨガの本当の幸せを得たかったら、ヨガの通りにやりなさい。」
「ヒンドゥー教の真似をしなくてもいい。
日本には日本のアイデンティティがあり、それを大事にすることだ。真似をしようとすると、時に自分を見失うことにもなる。
それは、自分の中の調和を失うことになるんだよ。
本から学んで真似するよりも、自分の本質に気づいて、その通りに生きなさい」
私は日本人です。インド人の様にマントラを唱えられません。
何かが違うのです。発音はもちろんのこと。一緒に斉唱しても、なにか違いを感じます。そんな時は、口は動かすものの、彼らの唱えるそれに心を添わせています。
私は、今回の記事を書かせて頂くにあたり、質問とは予想外の答えを、今この胸に秘めています。
テーマに沿った記事には仕上げられそうもなく、雑誌や本の紹介もできないこれを、文章にするべきか迷いました。
ですが、この記事のテーマを機にメッセージを受けたのも、何か意味があると思い書かせて頂きました。
「探そうとしなくていい。引き出しなさい。自分の内側にあるものを。
すると、もはやグルも必要なくなるよ。なぜなら、君自身が自分のグルだからだ。」
これらのメッセージが、どなたかの気づきにつながり、
彼らの言う「本当のヨガ」というものに出会うきっかけになりますように。
そして、活字を超えた智慧を、皆様お一人おひとりの内側から引き出すきっかけとなりますことを、
このコラムを通して、ここリシケシュからお祈りいたします。
Hari om






















