外側の世界と内側の世界

wy002.gif外側の世界と内側の世界

わたしたちが世界を認識する方法は、
外側と内側の二種類が、影響しているというように解釈できます。

客観的な外側の世界は、自分が他者と共有しているもの。
サッカーの試合の結果や、本日の天気、世界経済のニュースに、
渋谷の本屋がつぶれて建物までが取り壊しになったよね?とか、
同僚のOOさんが、eco検定試験に合格した!とか。

生きてれば、頑張って報われることもあるし、どうにもうまくいかないことも、
思いがけなくやってくる、棚ボタ式ラッキーなこともある。
落ち度がなくても、うっかり溝にはまったり、カラスに糞をかけられたり
どうにもできない不可抗力なことも、どこかである、
そんな外側の世界。

反対に、目を閉じて、気持ちを中に向けたときにつながる内側の世界は、
工業化以降のいわゆる先進国社会では、
「目に見えないもの=価値は少ない」と、軽んじられてきました。

この内側の世界は、どこに行ってもぴったり「ワタシ」についてくる親密なもの。
別の言い方をすれば、この内側の世界という色眼鏡を通じて
外側の世界とわたしたちはつながっている、という解釈も出来る。

ここで支配する原則は「Doing(行動、~する)」でなく「Being(存在、~ある)」。

やさしさ、思いやり、勇気、落ち着き、こだわらなさ
などが調和のとれた状態をあらわす指標

悲しみ、不安、ムカムカ、嫉妬、無気力、絶望、執着
などが乱れた状態をあらわす指標

内側の世界がぼんやりした 頼りないものだと
買い物や音楽、好きな人からのメールで一気に気持ちがハイになったり、
暗いニュースや、道行く人の心無い会話、雨天などでドッぷり落ち込んだりする。

とにかく、周り(外側の世界)によって自分の価値、セルフエスティームが左右されたり、
何してもつまんなかったり、生きるのにワクワクしなくなったり。

しかし、逆にポジティブな内側の世界を大事に育てていくと、
多少、外の世界に揺さぶられるようなことがあっても
個人的にできごとをとらないで、ゆったり構えていられるようになるとも。

Yogaの練習・・・瞑想を大切な要素として含むそれは、
この誰もの内側にある世界を 耕すこと、ガーデニングにしばしば例えられる。

気持ちを向けて、内側を感じることからスタートし
つっかえてるところに呼吸とやさしさを向けて、
自分の中にある神性さが、のびのび発揮できるようにしてあげること。

それは、難しい特別なことではなくて、
人が生まれたときからもっていて
日常の中で忙しくてちょっと遠ざかっている、
本来ナチュラルな状態とされる。

滞ってる箇所があると、その自然なフロウを感じにくいから、Yogaをやる。
アーサナで身体を開く、ナーディー(エネルギーの通る流れ)を
感じ、気持ちを向けて、呼吸を通す。

そうすることで、自然の叡智が顔を出し、
状況に左右されない、自分の基本的ハッピネスにつながることができるかも。

 

-Santosima Kaori-

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