
ヨガの哲学を日々のライフスタイルに取り入れ、上手にカラダと付き合っていく。
そんな自分自身のカラダの捉え方についてしゅんすけ先生が丁寧に解説してくれるこの企画。
ヨガのカラダの使い方の「基礎」やその「極意」をヨガ哲学を通して気軽に学べます。
きっと、ステキな気づきがあなたにもあるはずです。
Philosophy × Karada コンテンツ
ヨガ哲学を身体で体験してみよう!シリーズ Vol.3
日常生活の指針「ヤマ=?しない方がいいこと」5つのふたつめです。
●サティア=ウソをつかない
肯定形だと「正直に」
社会的観点・道徳的観点でウソをつかない方がいいと言っているわけではなく
ウソをついてしまうと、ウソをついてしまった自分のこころが揺さぶられてしまうから
「平安」「平穏」を目指しているのならば、「動揺」は逆の方向だから
自分のためにも「しない方がいいよ」とヨガでは言われているわけです。
ただやみくもにウソをつかずに正直でいることを進めているわけではなく
それは「アヒムサ=暴力をふるわない」の範囲内でということです。
大前提はまずそこなのです。
まず相手を傷つけないということを大事にするわけです。
手作りの料理をいただいて、内心おいしくなかった...
「ごめん、まずい!」って正直に言ったら...
たぶん相手は傷つくと思います。
暴力を、ふるってしまっています。
前回のアヒムサはいずこに?
ここではウソをつく必要があるやもしれませんし
なにも言わないことが必要なのかもしれません。
しかし相手との関係次第では正直マズいと言った方が
その人はまた試行錯誤を続けて、料理の腕を上げようとするかもしれません。
なにが良いか悪いかではなく
その状況に合わせて
よくその状況を観て
言葉を選びたいところです。
相手も傷付けず
自分も狼狽せず
相手と自分とがやわらかくつながるように。
このサティアを行っていると
言っていることが叶うとされてます。
有言実行のような。
言霊が願いを叶えてくれるような。
そんなご褒美みたいなことが起るそうです。
ぼくの推測では
自身で言葉にする
頻繁に言う
ということは
頻繁に初心を思い出せる
それに基づいて行動できる
自己暗示にかかる
周りの人に「あ、あいつはそれがしたいんだ」と認識してもらえる
もしかしたら協力してくれるかもしれません
なにかそんな作用があるように思えます。
人を傷付けない範囲でウソをつかない。
人を労れるような言葉を発する、行動する。
人にやさしさを体現してあげる。
そうすると口にしていることが実現するそうな。
大切にしたことです。
個人的にはものすごく大切にしたいことです。
人を救えるような言葉を口にしていきたいです。
身体的に言うと
「痛いのを我慢しているのを見て見ぬ振りをしない」というのは
「そんなのするわけないやーん!」としていないようで、気づいたらしょっちゅうしていたりします。
自分の身体からのサインを見逃しいることが多々あります。
痛い感覚を無視していると身体はつらくなってきます。
ここちよい感覚を無視していると喜びを味わえなくなってきます。
「感覚を大事にする」
これ非常に大切です。
「身体の正しい位置・角度」みたいな、誰かが決めたものを「絶対的なもの」にするのではなく
体が「そこ!」と感じる位置に・角度してあげること。
「そんなん難しくて、いきなりわからへんやん!」って怒こられそうですが(笑
だからこそ「型」をあくまで「ガイドライン」として利用し
練習していくわけですし、段階が存在するわけですので
焦らず積み重ねていきたいです。
なにかを覚えていくときには必ず型や順番など注意すべきことがいくらかあります。
なにかを覚えていくときには慣れていないので必ず難しく感じます。
つまりは、慣れてしまえばいいわけですので、少しずつ積み重ねていく、できることを積み重ねていく。
そこに自信が生まれてくるのだと思います。
身体に「正直」を体現できてくると
おそらく自身に必要なものかどうか
直感的に見極めれる力が備わるような気がします。
自分にウソをつかず
自分との約束を守れる
そんなつよさとやさしさを持ち合わせた身体に。
そんなつよさとやさしさを持ち合わせた心身に。
なっていくんだと思います。
まとめ。
型はあくまでガイドラインとして利用し
自分自身の「感覚を尊重」した動きや呼吸をすることで
「サティア=ウソをつかない=正直に」を
身体に刻み込んで、日常生活にも自然とできるようにしていきましょう。






















