
来日ワークショップを控えた マーク・ウィットウェル先生。
ヨガではパランパラという言葉がある。
パラッパラッパー?じゃないですよ、パランパラ。
もともとヨガって、先生から弟子に一対一で受け継がれてきたもので、系譜がある。
伝統芸能みたいに、何々派とか、あなたのお師匠さんは誰ぞよ?みたいな感じです。
9月に来日するマーク先生のパランパラは現代ヨガの普及に貢献したクリシュナマチャリヤ先生。
アイアンガー師とパッタビ・ジョイス師という二つの有名な流派の開祖の師匠、といったらそのスゴさがわかるかもしれません。
クリシュナマチャリヤ師以前は、女性は大っぴらにヨガを練習していなかった、とも言われており
近代ヨガを生き返らせ、東から西へヨガを広めることに多大な功績を残し100歳以上まで生きたレジェンドなのです!
この伝説的なヨギーと、ご子息のデシカチャ―氏、ご家族と生活を共にし、学び、探求の道を歩んできたマーク先生。
長身で、仙人みたいな銀のロングヘアに、魂の奥まで見通すことのできそうな鋭い瞳をしている。
先生が教えているアドバイタ・ヴェーダンタはカシュミール・シャイヴァズムに代表される
非二元論の哲学の一つ。
多くの宗教では 神と自分を別々に分けて考え、聖なるものと聖にあらざるものに分類する。
聖にあらざる私たちは、死んだあと地獄に行かないように
生きてる間に善行を積んだり、苦行や懺悔をしたり、厳しい戒律や食事制限を守ったりする。
ヨガでもそういう観点から、カルマを燃やすためにタパスを行い生を超越しようとする人がいる。
マーク先生が教えているのは、またちょっと違ったアドバイタ・ヴェーダンタの哲学で、
生命を肯定し、人がよりその人らしく輝けるものの見方を与えてくれる。
ここでは、アイ・アム・ザット(I Am That)に表されるように、自分とそれとはすでに不可分の存在で
あって、北斗の拳流に言うと「お前はすでに死んでいる」ではなく「お前はすでに悟っている」なのだ。

アタタタタタタタ!!!
じゃあどうしてこんなに迷ったり、悲しんだり、殺しあったり、
自分が誰なのかわからなくて人は悲しい思いをするの?っていう質問に、それは、あなたは自分とそれが一つであるということを、忘れてしまっているからよ、と答える。
ヨガの「つなぐ」は真我と自分と結び合わせることにあるとも言われるけど
非二元論のアドバイタから見ると、
そもそも、その二つは離れていない不可分の完全にパーフェクトな一つの存在で
ただ、私たちがエゴに飾り付けられて自身がそれ(真我・エッセンス)と一つであることを
忘れてしまっているだけ、と解釈されている。
シバ神が、すべてが完璧で平和な世界に
「Oh My God, it is oh so boring! (なんてこった、みんないい人すぎて退屈だったらありゃしない)」
と大きなアクビをして、?私は私がそれである、という真実をベールで覆って忘れたふりをした?
ゆえにシバ(完全に自由な命の真の姿)は濁り、ジバ(限定されたエゴ)になったという話を聞いたことがあるけども。

それを 耳にしただけでピーンと来る人、頭レベルだけじゃなくて、ちゃんと腑に落ちる人なんて
ごくごく一部なので、それを真に体現している人から話を聞いたり(サッツァンガ)、それ仕様のプラクティス(サダナ)を積んだりしてる人って
世界には昔からたくさんいて、そういう観点から真実を知ろうと、ヨガを練習してる人も多いのだ。
さて、話が大きくなっちゃったけど、マーク先生に話をもどそう。
私が香港AYCで体験したマーク先生のワークショップは、はじめに哲学をみっちりカバーして、
そこから呼吸法と、バンダをとっても丁寧に指導したあとに、アーサナの練習に入っていきました。
部屋中の皆、集中力がすごく高くなって、雄大なビンヤサが展開し、シビれました。
いま、ここ、にある自分の命を感じることのできる、哲学と切り離されていないホリスティックなヨガ経験となりました。
マーク・ウィットウェル先生の来日ワークショップ
Yoga of Heart Workshop Tour 2009 9月19日 京都よりスタート
- サントーシマ香 -






















