バランスが取れた人生とは
こんにちは。パブリックジャーナリストのAIKOです。
私は小さい頃「空を見て泣く元気な子」と言われていたと母から聞くのですが、当の本人は悲劇のヒロインであり奈落の底に落ちたような気分でした。たかがおもちゃの取り合いのような些細なことで、よくもあんなに泣けたものです。
その感情が激しく波打つ癖は大学生になっても続き、なぜこんなに泣けるものかとその心を知りたく、専門は心理学でした。心理学を学んだからといって感情のコントロールが上手になったわけではないのですが、感情が波打った時にはどういう対処方法があるのかを知ることができました。
それでもやはり机上の空論、わかっているけどできないということも多くあります。そんな時です。ヨガに出会い、これほどに感情のバランスが整った瞬間はないと思いました。
はじめのうちはヨガをすることで、乱れた体のバランス、心のバランスを整えているつもりでした。しかし、そのうちバランスが崩れる事がとても怖くなったのです。少しでもぶれる自分の心が許せなくなりました。それは些細なことで、自分の予定が狂ったり、肌の調子が悪かったりと、上下する自分の心をなるべく感じたくなく、ヨガをする時間が増えていきました。
そのうちにヨガをする時間を持てないとイライラするようになり、ヨガのために別の用事を削るようにもなっていったのです。
(そもそも生きること全てがヨガに通じると気付くまでは、スタジオに行ってポーズを取ることがヨガだと考え、生活とヨガを分けてしまっていたので、なおさらヨガの時間を確保することに一生懸命になってしまっていました。)
しかし、そもそもバランスが崩れたことがない人なんているでしょうか?
多かれ少なかれ心の乱れをみんな感じながら生きていると思います。以前に教育関係の仕事をしていた頃、ある学生がこんなことを言いました。
「僕は不安という感情を今まで感じた事がないのですが、合格するかどうかここ数日そのことばかり考えていて眠れないんです。先生、これが不安ですか?」と聞かれました。
「そうよ、今後のことが分からなくて落ち着かない感情を不安というと思うけど」と答えましたが、稀に18歳まで不安を自覚したことがない人もいるようですが、それでもみんな感情の上下は感じていますよね。
バランスが崩れること自体が当たり前で、その崩れるバランスをうまく対処しながらみんな生きていると思うのです。バランスをとるためのツールの一つとしてヨガの考え方やアサナ、プラーナヤーマ、瞑想があると私は考えます。
人によってはそれが食べ歩きだったり、音楽だったり、教会に通ったり、写経をしたりと様々ですが、私はヨガでバランスを取り、ヨガを日常に活かして芯のある強い自分になりたかった。
いろいろなことに挑戦して、トライ&エラーを繰り返し、七転八倒しながら、それでも強い自分を保つ時、ヨガが必要でした。それなのに、バランスが崩れるから他のことは全てやめ、ヨガの時間を増やしてしまったのです。それでは本末転倒。
人は「人生でパッと一花咲かせたい」、「自分の生きた証を残したい」と思うものですが、そうしたスリルある人生には多少の困難は付き物のように思います。
そうした困難にいかに立ち向かうかという時こそヨガのトレーニングを活かす絶好のチャンスのように感じます。
「バランスの取れた人生」とは、バランスの取れない状態の時、その崩れたところから、何を学び、どう立ち直り、成長するか、そしてどんな新しい自分に出会えるかを追及することだと思うのです。
ヨガを日常生活に還元して、もがいてもがいて、進んでいく人生こそ、きっとヨガの道を歩いている時だといいなぁと思うこの頃です。
是非素敵なヨガライフを・・・心から
-AIKO-






















