花を身近に感じて、ヨガを想う。

flower_top.jpg

花を身近に感じて、ヨガを想う。

flowe01.jpg南の島のあるお宅にホームステイをしていた時、
ステイ先のお母さんがリビングに花を欠かさずアレンジしていました。
南国ならではのカラフルな花たちが、いつも元気に凛としているのを見ながら
花からのエネルギーをたっぷりあびていたのを覚えています。

そのお母さんが長期の旅行に出ている間、
今度はわたしが週に一度、花をいけていたのですが、これがなかなか難しいのです。
お母さんは簡単そうにホイホイとアレンジしていたのに・・・
花から感じるエネルギーもぜんぜん違うし、部屋全体のエネルギーや明るさまで違って見えます。

もともとアレンジフラワーの経験がないということはもちろんのこと、
どうもそれだけではなさそう。
そこで考えて考えて・・・気づきました。

花とのコミュニケーションが足りないのかな?

ヨガをしている時は常に自分の呼吸と体に意識し、会話をするように心がけています。
無理をしないように、自分で自分を傷つけないように・・・
ヨガは、自分の内側に目を向けて、心の声に耳を澄ませることが大切。

花に接する時も同じだったんですね。
花の声を聞いて、対話をして、どうしたら一番輝くのか、可能性を引き出してあげる。
どんなことにも当てはまる、素敵な法則に気づくことができたのです。

ここで、白洲正子さんの言葉を思い出しました。

***************
花をいけるというのは、実にいい言葉だと思う。
花は野にあっても、生きているのに違いはないが、人間が摘んで、器に入れ、部屋に飾った時、
花はほんとうの生命を得る。
自然の花は、いってみればモデルか素材にすぎず、いけてはじめて「花に成る」のである。

[中略]

たとえば花瓶を買う時に、この器には何の花が似合うかということを、先ず第一に考える。
人間に家が必要であるように、花にも落ち着く場所が要るからだ。はかない花の命は、
しっかりした器を得て、はじめてそこに静と動、不易と流行の、完全な調和が生まれる。
極端なことをいえば、器あっての花なのだ。

(白洲正子 「花日記」(世界文化社)より引用)
***************

もともと花を愛で、庭には四季折々の木の花、草の花を欠かさなかった白洲正子さんが、
晩年に生けた花の数々と、粋なコラムを楽しむことができる一冊から引用させてもらいました。
そこには「眺めたり、触れているうちに、元気まで出てくるから不思議である」とあります。

自然そのものの「自分自身」でも、すでにそのこと自体が美しいけれど、
さらに心と体のバランスが整えられ、体というしっかりした家があってこそ、
はじめて調和が生まれ、輝きを放つのかな・・・
そして輝いた自分のまわりの人にも、元気を与えていくことができるのかな・・・
そんな思いが浮かんだ瞬間、ヨガはやはり人の生活にとけこんでいて、
人生そのものがヨガであるという気持ちがより一層強くなるのでした。

さらに花のある生活への魅力が増しました。
四季折々の花たちに彩られる、素晴らしい環境の日本でこそ
自分らしさを表現できる、ヨガ的な花を欠かさない生活をこころがけたいですね!

 

TT講座: 陰ヨガ | マタニティヨガ | ヨガ留学

ヨガジェネお気に入り