
高橋由紀 | ヨガ的育児 ⑤
~出産は最高のヨガ(2)~
今回は、6年前に娘を出産したときに綴った日記から一部抜粋して下記に掲載させて頂きま
す。
【10月28日・母の日記】
今、10月28日(水)午前3時です。
ほんの数時間前に、初めての出産を無事終えました。
私たちは立会出産を選びました。
結婚してこれまでRさんと私の二人で何か一つのことを成し遂げるってことは(今も挑戦中ですが)仕事や、日常生活の中で数限りなくあるけれど、こんな気持ちになったのは初めてです。
思えば、結婚式でも新婚旅行でもいつもいつも喧嘩ばかりしてお互いがもう少しづつでも相手を思いやって理解する努力をしていれば...ってことばっかりだった気がしま
す。
10月27日(水)午前5時、破水。
昨夕に突然父が倒れて緊急入院し、母と病院に駆けつけて緊張と疲労が重なっていたのかもしれません。
まだ陣痛もなく、実家にいた私たちは、病院に向かいました。
診察の所見は、子宮口がひらかないから長くかかるだろう、ということでした。
Rさんは、私の不安をよそに自宅に帰って仮眠をとることになりました。
薬の効果か、2分に一度の陣痛が始まって、行っては返す波のように頻繁に繰り返される陣痛で私の疲労は限界に来ていました。
何度目かの内心で、子宮口が2cmひらいていると言われ、私のお産はそこから一向に進まず、ただただ陣痛に耐えるばかり。
こんなとき誰かが背中をさすってくれるだけで、すごく楽になるのに...と思っても、病院に一人、点滴を射している手で自分の腰をさすりながら、少しでも楽になるよう心から祈るばかりでした。(※陣痛誘発剤を使用)
12時頃から陣痛の波に少しづつ変化が起こりました。
自然な陣痛のはじまりだったのかもしれません。
波は大きく、長く、間隔は5分おきくらいになりました。
この分だと一気にお産がすすむかもしれないと言われ、Rさんに電話しました。
迷惑そうにおれも少し休ませてくれというRさんに落胆しながら、待ちました。
返事もなかった彼ですが、仕事の予定を調整して支度をして私の元へ来てくれました。
陣痛に苦しむ私を見て、Rさんの腕を発揮して私の腰を指圧したり、さすったり、足をさすったり、少しでも楽になるようにとずっとケアしてくれました。
電話ではあんなにぶっきらぼうだったのに、陣痛に苦しむ私をやさしく元気づけてくれました。
昼食も全くとれず、飲み物もろくに口に入れていなかった私を心配して、売店でマスカットゼリーを買ってきてくれました。
ひとくち、ひとくち、とゼリーを口に運んでくれたのですが、吐き気をもよおし、胃の中のものをすべてもどしてしまいました。
Rさんは嫌な顔一つせずテキパキと受け皿を洗ってきてくれたり、吐いてしまったものを処理してくれました。
もうその頃から目を開けているのもつらく感じるほど体力を消耗し、疲れ切っていました。
そのあと内診で、子宮口が4cmくらいひらいてきたから、今日いけるところまで頑張ろう!ということになりました。
正直言って、私はもう嫌でした。
薬を飲むたびに陣痛はさらに激しさを増して、もちろんそのおかげで赤ちゃんは生まれてくるのだけれど、このまま陣痛ばかり大きくなっても、いざお産となった時の体力なんて残っていないと自覚したからです。
もう陣痛がきても、少しでも楽になるように息を吐き、祈りながら耐えるのみでした。
もうすでに「痛い」と言うことすらできないくらい疲れ果ててしまったのです。
夕方、多分5時頃、ママと京子おばさんがお見舞いに来てくれました。
目を開けて視察を出することすらできなくなっていた私を二人は一生懸命さすってくれたり、指圧してくれたりしました。
疲労と痛みに耐えながらじっとこらえている私を見て、ママと京子さんは「陣痛が弱いのかしら?」と言っていましたが、Rさんは、「もう体力が残っていないんだと思います。」と言っていました。
もう何時間も、私の横で、ときどき居眠りしながら私の腰をさすり続けてくれていたRさんは、ほとんど何も話していないのに、私の状態を誰よりも理解してくれていました。
それが、どれだけ私を支えてくれていたかわかりません。
6時の内診で、今晩のお産を進めるか、いったんおやすみにするか方針を決めることになりました。
私は体力の限界を感じ、少しでもいいから休ませてほしい、そう思っていました。
立って、自分の力で歩いて診察室まで行くように促されましたが、とても無理でした。
自分の身体を起こすことですらできない状態。
助産師さんにまだまだ折り返し地点にも到達していないのだから気をしっかりもって頑張りなさいと言われました。
ドクターとカンファレンスの元、今日はいったん睡眠をとることになりました。
陣痛誘発剤をやめ(※破水をしてしまった場合は、胎児の感染予防のため48時間以内に出産をすすめようとするため一般的に病院では誘発剤を使われることが多い。)注射を打ってもらうと、少しづつ身体の力が抜け、意識が遠くなるのを感じました。
陣痛もなるべく自分の力で逃すよう努力しました。
ママと京子さんが帰り、Rさんは私の隣でうとうとしながら祈り続けたそうです。
私はほんの短い間だけれど、いびきをかいて眠ったそうです。
ほんのわずかな休息でも、前日からあまり寝ていなかった私の体力はかなり回復しました。
陣痛は、クライマックスを迎えるように、力強く、私の身体を押してきます。
お腹の中の赤ちゃんが頑張っているんだと感じ、私は身を預けるような気持ちで、限りなく全身の力を抜くように努めました。
赤ちゃんの頭がグイグイと、参道を通り抜けようと必死に頑張っています。
今までの陣痛とは全く違う、今度は私と赤ちゃんの共同作業です。
「もう産まれる」
私は直感しました。
ナースコールをして分娩室に移ります。
全身が波打つように、身体の中心から赤ちゃんを誕生させようとする激しい陣痛。
もう、痛くも辛くもありませんでした。
ずっとそばにいてくれたRさんと、新しい命が私の支えでした。
自然な波が訪れるのを待って、波に合わせて、力いっぱいいきみます。
無理に力を入れるのではなく、8割の力で赤ちゃんと呼吸を合わせるように。
心の中では祈りを。
頭が出てきたよと言われてからは、精一杯の力で赤ちゃんを支えるように力をこめます。
後は力をぬくように、赤ちゃんが自分の力で外の世界へ出てくるのを待ちます。
誕生の瞬間です。
10月27日午後9時15分、つるんとした赤ちゃんが私たちの前にあらわれました。
こっちを向いています。
「信じられない」
それが最初の感想でした。
さっきまで陣痛に苦しんでいた私のお腹から、一人の人間が突然姿を現したのです。
処置をして、赤ちゃんが私の元へやってきました。
初めての母乳を与えました。
本能的に、力強くおっぱいを求める赤ちゃんを目の前にして、涙が止まらなくなりました。
母になったと、実感しました。
私の出産に力を尽くしてくれた人、全てに、心から感謝しました。
そして、無事に生まれてきてくれた赤ちゃんに私を誰よりも支えてくれたRさんに、感謝と愛情でいっぱいです。
生まれたばかりの赤ちゃんを胸に抱き、しあわせのひとときです。
私の胸の上で安心して眠そうにしています。
こんなにも幸せな気持ちになったのは、生まれてはじめてです。
こんなに愛おしいと思ったのも初めてです。
Rさん、心からありがとう。
あなたが心の支えでした。
私とRさんの愛するわが子のために、これからも力をあわせて、心をあわせて頑張ろうね。
わがままで自分勝手な私だけど、Rさんを誰よりも愛しています。
私とRさんと愛するわが子の門出の日に... 愛をこめて
2004年10月28日3時 由紀
高橋由紀身体の不調から自身の体質改善のためヨガをはじめ、病を克服。
ヨガ歴12年。
一児の母。
日本におけるベビーヨガの第一人者として活躍。
個人オフィシャルサイト
YOGA Life―チャクラひらいてる?/
Baby Yoga Associate(ベビーヨガアソシエイト)
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